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スウェーデンとアイルランドで学んだ人生の旅の終わり
Vol.3 無条件の愛

2020/4/7 デンタル〇〇デザイン

スウェディッシュ・マザーのように、その後に住んだアイルランドにも家族同然に接してくれた母親のような存在の人、モーリーンがいました。しかし、彼女のことは、アイリッシュ・マザーという以上に「聖人」として紹介する方がしっくりくるような気がします。アイルランドはカトリック教の信者がほとんどを占める国で、国民は日本人に比べ、かなり敬虔な人たちですが、その人たちの中でも一際信心深かった彼女は、結婚する前は尼さんでした。


<モーリーンとお孫さん>

いつも穏やかで、不平や不満を言わず、身近な家族に対しても、一人ひとりを神様から授けられた命として尊重していることが伝わってきました。3人の年子の息子さんがいて、小さい頃は、腕白な3人だったはずですが、それぞれの個性を伸ばしながら、無条件の愛で育てられたのでしょう。三者三様ながら、これ以上お母さんを大切にする人たちを見たことがないほど母親想いの紳士たちでした。この家族に会うと心が浄化される気がして、私は足繁く訪れました。


<アイルランドならではの光景、近所にある泥炭を干している場所にも連れて行ってもらいました>

モーリーンのエピソードの一つとして、私がそのお家を訪れ始めた頃、出発地点のバス停で私は自分の携帯電話を自宅に置いてきてしまったことに気が付きました。到着地点の一駅前のバス停から到着間近であることを、迎えにきてくれる息子さんに携帯電話で伝えるはずだったので、電話ができないと心配させてしまうと思い、慌てて近くのB&Bに入って電話を借りて、連絡しました。彼女が電話に出たので、息子さんにそのように伝えてもらうよう頼みました。私は「ああ、余計な面倒をかけてしまって世話が焼ける外国人と思われているだろうなあ。」と思いながら、何はともあれ彼女が伝言してくれたおかげで無事に待ち合わせることができて、お家に到着しました。


<このお家では、ネズミ退治のために猫を飼っていて、毎年子猫に会えました>

そして、ゲストルームに自分の荷物を置きに行くと、ベッドの上に携帯電話が一つ置いてありました。この週末、私が携帯電話なしで過ごすのは不便だろうからと、モーリーンが自分の携帯電話をそっと置いておいてくれていたのです。このような心配りを、私だったらできるだろうか、と胸が詰まりました。その後12年間、彼女とお訣れするまで、その優しさ、誠実さは変わることなく、私が大学での出来事で人間不信に陥った時にも、裏表のないモーリーンだけはどうしても疑えませんでした。


<酪農家なので、仔牛にも毎年会えました>

ある司祭様も、「モーリーンは聖人だ」とおっしゃっていました。彼女に会ったことのある人はみんながそう思っていたと思います。彼女がフレイルで立ち上がれなくなった時には、一日20人ほどの見舞客がとっかえひっかえ訪れ、トイレが必要な時には、同時に7人が自発的に彼女を囲んで助けるという、どこの女王様でもそんな手厚い介護を受けられないような温かい光景でした。いよいよ命が尽きる呼吸の兆候が出た時には、家族、親戚、友人が二重にベッドを囲んでキリスト教の祈りのことばをずっと繰り返して看取りました。


<愛犬もいなくなった主のベッドに上がり、哀しんでいました>

最期の瞬間に、彼女は残った力を振り絞るかのように閉じていた目を開いて私たちを見て亡くなりました。いつも丁寧に"Thank you."と言ってくれていたように、感謝のことばの代わりに目を開かれたのだと思います。付添の看護師が彼女の目を閉じ、彼女の死に顔はこちらが朗らかな気持ちになるような、幸せそうな顔でした。信仰心のない私にも、天使が彼女を天国に連れて行ったのだなあと思えました。


<モーリーンが眠るお墓>

次回に続く
スウェーデンとアイルランドで学んだ人生の旅の終わり Vol.4 アイルランドの「明治男」