Dental Life Design

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シーズン2:人工物

2020/12/15 デンタル〇〇デザイン

12月夜明け前、父母ヶ浜は揺らぐように美しい砂紋に覆われていた。その砂に足跡を刻み込みながら波際を目指す。天空を見上げると東の空に明けの明星が輝き、西空には月が浮かんでいて、歩調に合わせて波の音が近くなってくる。繰り返す波の音が浸み出す空間を、橙色の月の光が優しく照らしていた。月をモチーフにしたクラシック曲や、洋・邦楽の月に関する名曲はこんな光景から生まれるのかもしれない。

父母ヶ浜が「日本のウユニ塩湖」と称され、夕日や空に浮かんだ雲が潮溜りに映り込んだ写真が紹介されると、瞬く間に観光客でにぎわうようになった。ポーズを決め写真撮影に夢中になる人々の歓喜の声を聞き、静かに夕日を見送っていた昔の浜の姿をもう見ることはできないだろうと諦めていた。

ところが今春、新型コロナウイルスの感染拡大による緊急事態宣言が出されると、「立ち入り禁止」の看板が設置され、久しぶりに人影のない本来の姿を取り戻すことになった。またとない機会と毎日出かけて写真を撮り、ついでにfacebookに「今日の父母ヶ浜」と題した写真の投稿を始めた。

やめるタイミングを探り始めた頃、写真への感想を聞く機会が多くなり、続けてほしいという声が届くようになった。結局、照れ隠しに「生存確認」と言いながら、朝か夕方、時間があれば浜に足を運び毎日写真を撮り続けている。

宣言が解除されると再び観光客で埋め尽くされるようになった。それどころか屋外での「3密」もあり得るという状況の日さえもある。人が写り込まないような位置やアングルを探りながら写真を撮ろうとするのだが、なかなか難しい日が多くなっていった。そして秋になり陽が短くなると、人がほとんどいない夜明けに出かけることが日課となった。

朝の情景がまたすばらしい。浜の入口から砂浜を横切りながら、波際まで歩く。空や雲、波や砂浜が作りだす情景が、私の歩数に合わせるように姿を変えていき、時の流れの中に浮かんでいるような感覚になる。足を止め写真を撮り、ゴミを見かければしゃがみ込み拾い上げる。その時間には不思議と雑念が浮かばない。

浜に通いだして気づいたことがあった。想像もつかないような人工物もゴミとして流れ着いていて、私も所属する地元の清掃ボランティア団体や特定の人々がこれを拾い集めている。しかし残念なことに、観光客として訪れる人々や毎日のように顔を見かけるアマチュアカメラマンたちが、足元のゴミを拾い上げる姿を目にしたことがない。気付かないのか、気付かないふりをしているのか、あるいはゴミを落とさないだけでも立派と考えるのか、私には理解できないが、ほんの数十cmだけ手を伸ばして拾い上げるだけである。一瞬のうちに捨てられたゴミは、その何倍もの労力を使いながら回収されている。

私の診療所は開院して27年を迎えるが、その時間経過が信じられないほどに診療室はきれいに保たれてきた。開院当初から歯科衛生士たちに、「足元のゴミを拾えない人、目に付いた汚れをきれいにできない人が、患者さんの口腔内をきれいにできるわけがない」と言い続けた。これを否定できる歯科医療従事者はいないと思う。

床や機材に汚れがあれば私も拭き取る。指摘すれば、手が空く誰かが即座に対応してくれる。そんな細かい気配りは、必ず歯科衛生士の処置や受付対応でも生かされ、それを診療所の文化として根付かせたスタッフたちの日々の努力を私は何よりも誇らしく思う。きっと彼女たちなら足元の舞う紙くずを拾い上げることを躊躇しないだろう。

すでに海浜植物は踏み荒らされ、浜の生態系は確実にダメージを受けていることを憂いながら、砂の中に半分埋まったゴミを拾い上げる。その周辺に現れる自浄作用を失った黒い砂とそれを包み込んでいく透明な海水を見ていると、「補綴修復物が多い口腔の歯周処置やメインテナンス・SPTの難しさ」を指摘にする歯科衛生士たちの言葉を思い出した。「天然の中にある人工物」、そんな言葉が頭に浮かんだ。