5回にわたってお伝えしてきた化粧療法についての内容は、今回が最終回になります。第1回でお伝えしましたが、化粧療法を一言でいうと「美容で健康」です。美容や化粧を手段として高齢期の健康を実現することが目的です。皆さんは健康の定義をご存知でしょうか?1946年にWHOから発信されています。 健康とは、単に疾病がないということではなく、完全に身体的・心理的および社会的に満足のいく状態である。 前回、オーラルフレイルの概念図を紹介しましたが、フレイルの入口は、社会とのつながりが低下することからはじまります。本当の健康を維持するために、口だけでなく心理的なケアや社会的なケアも同時に必要です。 化粧療法を取り入れるとオーラルフレイル予防だけでなく、心理的・社会的な満足につなげることができます。コロナ禍でも地域で高齢者に向け健康を維持する取り組みを実施している歯科医院を紹介します。 なるみ歯科医院:福岡県朝倉市 高齢化率34.7%(2020年10月現在) 緊急事態宣言解除の6月、朝倉市馬田コミュニティセンターにて、地域在住シニア女性15名を対象に化粧療法を取り入れた健康教室が開催されました。歯科衛生士がフェイスシールドしながら、お口の健康に関することはもちろん、化粧療法を用いた口腔ケアについてアドバイスしました。このような状況下、やはり笑顔が何よりの処方箋です。 西耕作歯科医院:福岡市西区 高齢化率23.8%(2020年10月現在) 今年6月と8月にオンラインで化粧療法を取り入れた健康教室が開催されました。8月の開催時には、歯科医院の会場に2名、オンラインで5名参加。オンライン参加された方は、自宅で介護をしていることもあり、外出が難しい状況だったので自宅で気軽に参加でき楽しかったとオンラインならではのメリットを感じていらっしゃいました。 本活動は、コロナ禍でのユニークな地域活動として、地元の西日本新聞(2020年10月9日)にも取り上げられました。 定岡歯科医院:北海道妹背牛町 高齢化率47.3%(2020年1月現在) 第1回のコラムで紹介した事例です。2017年より地元行政からの委託事業の一環で、化粧療法取り入れた介護予防事業が年3回開催されています。今年は、マスクをしたまま眉メイクを実施。マスクをしていると表情がわかりにくくなりますが、ちょっとした工夫で印象がかわります。このテクニックは、普段からマスクをしている医療従事者にも応用できますね。 このように地域で活躍している歯科従事者が学ばれた化粧療法講座は、下記サイトで受け付けています。今回ご紹介した歯科従事者をはじめ、薬剤師、看護師、作業療法士、介護従事者など高齢者に関わるさまざまな方々が受講されています。ぜひチャレンジしてみてください。 https://corp.shiseido.com/seminar/jp/adl/index.html 新型コロナウィルスの影響で、人間が当たり前のようにしてきた「外出」や「人との交流」という行動が制限されています。人は、外に出ないと身だしなみを気にしなくなります。それは他人(社会)への興味が薄れているというサインです。特に高齢者は、その状態が続くと閉じこもりがちな生活になってしまいます。 「外に出たい」「人に会って話をしたい」という気持ちの種火を絶やさないためにも、地域で「粧う」ことを働きかける場が必要と思います。このような状況で本当に必要なのかと思われる方もいらっしゃるかと思います。しかし、このような時だからこそ、楽しく健康を維持する取り組みが必要ではないでしょうか。マスクの下にあるお口の健康を「粧う」という視点で考えていただけると幸いです。 新型コロナが終息するまでは、感染対策をしっかりととりながら、地域高齢者の健康と笑顔を維持する活動が歯科領域から展開されることを期待しております(了)。
著者池山和幸
株式会社 資生堂 社会価値創造本部 マネージャー
略歴
- 2005年、株式会社 資生堂入社。
- 専門は老年化粧学、化粧療法学。
- 京都大学大学院医学研究科にて学位(医学)取得。
- 大学院在学中に介護福祉士の資格を取得。
- 入社後、化粧療法研究に従事。
- これまでに約200の高齢者施設で、高齢期の化粧を医学的観点・介護の視点で効果検証。
- 2014年から研究知見をいかし、高齢者美容サービス開発にも携わる。
- 高齢期の化粧・美容という視点で、高齢者の外出支援や健康寿命の延伸などの社会的課題解決に取り組む。
- 「化粧療法研究室」内のブログで情報発信中。
- 近著に『装いの心理学(北大路書房)』(分担執筆)がある。