Dental Life Design

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歯病救急24時
~休日夜間の急患対応
から教えられたこと~
第4回:持っていてくれた診察券

2019/8/6 デンタル〇〇デザイン

休日の日直中、「『次回セットしてもらう予定の義歯を、どうしても今日欲しい』という電話です」と連絡がありました。いやいや、次回にしてくださいよ、とも思いながら、「旧義歯が壊れて何も食べられないとか困っているのかなあ」と想像しつつ、電話をまわしてもらいました。

電話は、娘さんでした。ご本人は前日の晩に、急病にてお亡くなりになったそうです。エンゼルケアの時に、「義歯があればもっと表情がよくなる」と言われ、何とか義歯を今日もらえないだろうか、という問い合わせでした。気持ちは理解できますが、困ったことに、次回セット予定の義歯がどこにあるのかがわかりません。でも、次回セットなのだから、きっと、外来か技工室にあるはずです。

お亡くなりになった方の担当医は知らない方だったので、義歯外来の友人に個人的に連絡して、調べてもらえるように頼みました。そして、警備員さんに事情を話して開けてもらい、警備員さん立ち合いのもとで学生時代以来の技工室を大捜索。あちこち見たけど、結局、わかりませんでした。数時間後、まわりまわって担当医と連絡がつき、「きっと、どこそこの上の棚の奥か、どこそこの引き出しの中にあると思う」とのこと、再度警備員さんと捜索し、「えー、これは見つからないよー……」というような所で無事発見しました。娘さんに連絡して取りにきていただき、こういう向きで入れてここを押せばはまるはずなので、などと説明してお渡しし、娘さんはたいそう感謝して、急ぎお戻りになりました。

なんとか義歯もはまって、安らかなお顔で、旅立ってくれていればいいと思います。しかし、義歯をつくった方も、義歯自体も、まさか、一度も咬合されることなく、しかし人生の最後の大役を仰せつかうとは、思っていなかったでしょう。

警察から電話が来ることも、しばしばあります。本当に警察なのか確かめようがないので、こちらからかけなおすこととなります。たいていは、「お亡くなりになった方がそちらの診察券を持っていたので、病状を確認したく……」という連絡で、カルテを開いてみて、「いつごろ、こういう病気で、こういう治療をしたようです」と答えます。それに対して、「今回お亡くなりになった原因と考えられる病気でしょうか?」と聞かれますが、ほとんどの場合、「直接は関係ないだろうと思います」という返事となります。警察の方も、細かいことでもすべてを調べなければいけないのでしょうから、ご苦労だなあと思います。

とある日、A警察からの連絡が、僕個人宛てに来たことがありました。個人宛?と、ドキドキしながら、折り返し電話をしたところ、「道で倒れて亡くなっていた人の所持品から、先生の診察券が出てきた」という内容でした。お名前を聞いてもすぐには思いつきませんでしたが、「A警察」からだったおかげで、近くの「A病院」から紹介されて一度だけ診察したBさんを思い出しました。

Bさん。昭和10年代戦後生まれの独身男性。大正生まれのお母さまが認知症となり、ご自宅で看病されていました。

そのうちお母様が療養病床に入院されることとなり、その主治医となった内科医がご本人の異常に気付き、受診を説得し、個人的に紹介されていらっしゃった方でした。それまでも具合が悪いのはわかっていたものの、「お母様の介護があるから」と、病院に行くことを拒んでいたとのことでした。

いらしてみたら、1年ほど前にも来院され、検査まではしていた記録がカルテに残っていました。手術の方針を説明した後から来院されず、当時の担当医も何度も家に電話したものの、結局、再来院を促せなかったようでした。

それから1年、母親の主治医の個人的紹介ということで、再受診を決心してくださり再検査しましたが、もはや、手術は可能ではあるものの、治療後に食べたり飲んだり話したりする機能は回復できなそうなほどの状態でした。「治療に耐えられない」とのことで、手術ではない治療をしている病院に紹介状を書いてお渡ししたきりとなっていました。

その後、Bさんは僕の診察券を持ったまま、路上で倒れた状態で発見されたわけです。(お母様は、療養病床に入院されてから数年でお亡くなりになったそうです。)

それ以上できなかったのか、という無念さはあります。同時に、いつでも病院に来られるようにか、診察券を持ったままでいてくれたことについては、少しうれしい気もします。しかし、もしかしたら、お口の病気の場合は電話での会話も困難になりますし、食べられなくて体力も落ちますから、ようようしんどくなってきて連絡や来院をしたくなったとしても、できなかっただけなのかもしれません。

優しい性格の方でしたが、手術以外の治療法においても、治療の負担そのものよりも経済的負担や治療後の生活の不安が、大きかったのかもしれません。しかし、そこのフォローをしてくださるご家族はいらっしゃらないわけですから、何かしらのサービスに繋ぐなど、もう一歩踏み込んだケアができなかったものかと考えさせられるところです。