Dental Life Design

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むし歯の少ない町の歯科医師の日常
シーズン2:昭和

2021/4/14 デンタル〇〇デザイン

葉桜の枝を揺らせた春風が車の窓から吹き込んでくる。信号で車を止めると、街路樹に立てかけた「東京2020オリンピックの聖火リレー」にともなう交通規制の看板が目に止まった。新型コロナウイルス感染拡大の「第4波」への懸念が強まっている状況に、公道での聖火リレーの中止を検討している府県もあるらしい。オリンピックに関する暗いニュースが多いなかでも、白血病を克服し五輪代表の座を獲得した池江璃花子さんの姿には多くの人々が感動を覚え勇気づけられている。オリンピックという文字を見ただけで池江さんの笑顔が浮かび、目頭が熱くなるのがわかった。

卒業式から入学式へと続くこの時期は、母親でもあるスタッフたちの休暇がかさなることが多い。新型コロナウイルスの感染対策下での様変わりした式典の様子を聞くと、晴れやかに声を出していた従来の様式が懐かしい。加えて地球温暖化の影響で、日本の国花である桜の開花が入学式の時期から卒業式の時期へと移行したことで、入学式には桜の花をバックに写真を撮ることは過去のものとなっている。季節感のズレ、その変わり様に不安を強く感じてしまうのは、私が「昭和」という日本の四季を五感で感じられた恵まれた時代に、緑に囲まれた田舎で育ったことが影響しているのではないかと考えている。

振り返ってみると、卒業式や入学式ではそれほど印象深い出来事はなかったが、小学校の入学式のことだけは鮮明に覚えている。それまで病気とは無縁だった私だったが、入学式の前々日から発熱と下痢症状が現れ二日ほど寝込むことになった。母親に連れられどうにか入学式に出席はしたが、式会場で早く終わることだけを祈っていた。当時の小学校校舎はどっしりとした木造で、周辺には大きな桜の木があった。行事が終わりようやく帰宅できるという安堵の息を漏らしながら見上げた桜の花々の色や形は、今でも映像記憶として鮮明に残っている。そして、その時降り注いでいた春の日差しは今より随分柔らかかった。

コロナ禍で出張がほとんどなくなり、父母ヶ浜に足を運ぶことが日課となっている。1年間毎日同じ時刻に同じ場所に立って眺めていると、地球温暖化の影響が確実に実感できる。浜の東側岸壁の一部では、海面上昇と波の影響ですでに大きな岩が崩れ始めている。さらには砂浜に降りると岸壁の近くの砂を帯状に波が運びさり、小石がたくさん顔を出すようになった。昭和の高度成長期にゴミや工業廃棄物で痛めつけられ、埋め立ての危機からさえも逃れたこの砂浜が、今度はその存在すら消えてしまうという危機にある。そのことを知っているのか知らないのか、今日もたくさんの観光客は呑気にスマホを掲げて奇声を上げている。

人がいない浜ではまずは風や波の音、鳥の声に耳を傾ける。音楽を聴きながら浜を眺めるなら、イヤホンをつけボリュームは控えめの「昭和」の洋楽や邦楽がお勧めだ。それを誰かには伝えたいと考えていたある日、自宅に帰ると息子がスマホを片手に40年前に流行った邦楽の曲を口ずさんでいて、その曲名を口にした。

昭和を知らない10~20歳代が昭和の魅力に惹かれているという。「昭和レトロ」とよばれ、音楽はもちろんファッションや飲食業界でもブームが起こっているらしい。なるほど私たちの世代であればノスタルジー感が高まるだろう。しかし昭和を知らない若者が、なぜレトロに惹かれていくのか。若者たちはすべてが便利でスマートになっていくデジタル環境に、「味気なさ」や「冷たさ」を感じ、「懐かしさ」や「温かみ」がある「昭和のレトロ」に魅力を感じているのだと言われている。

新型コロナウイルスの感染拡大は、間違いなく社会のシステムを「味気なく冷たい」方向へと加速させた。私は「昭和」の時代に出会った友人や恩師たちの「温かみ」を懐かしく思う。そしてそれは、昭和でなければ繋がらなかった縁だと考えている。「東京オリンピックを見届けるまでは元気でいるよ」と言っていた恩師の言葉が気がかりでならない。