約15年前、ある小学校で口唇閉鎖力について調査したことがある。 その際、5・6年生の視力の資料があったので、両者の関係について調べた。 すると驚くべき結果が得られたのである。 口唇閉鎖力が強い児童約30%と弱い児童30%の視力を比べると、前者の平均は1.27、後者は0.94と両者の差は0.3もあった。 これが事実だとしたら、どのような理由によるものなのだろう? さてそれより前、咀嚼による皮膚表面温度の変化についてサーモグラフィーを用いて調べたことがある。 まず顔面の皮膚表面温度を測定する。その後グミを前歯部で1分間噛み5分後に再度測定した。 当然ながら、咀嚼の前後で口腔周囲や頸部の温度が上昇した。 これは血流量の増加や筋活動の上昇が考えられる。 ところが・・である。 眼の周囲の温度も上昇していたのである。 当初、この研究には何らかのエラーがあったと思い中止した。 しかし、口唇閉鎖力と視力との関係が事実だとすれば、両者に共通するものは、顔面表情筋が考えられる。 そこで顔面表情筋について述べてみよう。 さて魚類や爬虫類は、口の裂け目に厚い皮が張り付いているだけで口輪筋を持たない。 また顔面表情筋がないので、その顔は冷たく無表情だ。 一方哺乳類は、母乳を吸啜するため口輪筋などの顔面表情筋が発達した。 しかし下等な哺乳類の上唇は、二つに分かれて濡れた鼻の一部に入り込んでいる。 また、歯肉に移行し、上唇を動かすことができない。 すなわち、口輪筋は口の周囲を取り囲んでいないのだ。 まだ陰圧形成ができず、乳首を舌で舐めたり、しゃぶったりなどの飲み方になる。 これは、イヌやウサギを想像すればわかる。 次に高等なサルになると、口輪筋は口の周囲を取り囲む。 類人猿では、口唇が発達するため完全な吸啜が可能となる。 ヒトの人中は、この過程の名残である。 ちなみに、ヒトの口唇の赤い部分"赤唇縁"は、粘膜が薄いため血液が透けて見える。 これは皮膚と粘膜の移行部が、めくれ上がったものでヒトの特徴といえる。 続く
著者岡崎 好秀
前 岡山大学病院 小児歯科講師
国立モンゴル医科大学 客員教授
略歴
- 1978年 愛知学院大学歯学部 卒業 大阪大学小児歯科 入局
- 1984年 岡山大学小児歯科 講師専門:小児歯科・障害児歯科・健康教育
- 日本小児歯科学会:指導医
- 日本障害者歯科学会:認定医 評議員
- 日本口腔衛生学会:認定医,他
歯科豆知識
「Dr.オカザキのまるごと歯学」では、様々な角度から、歯学についてお話しします。
人が噛む効果について、また動物と食物の関係、治療の組立て、食べることと命について。
知っているようで知らなかった、歯に関する目からウロコのコラムです!
- 岡崎先生ホームページ:
https://okazaki8020.sakura.ne.jp/ - 岡崎先生の記事のバックナンバー:
https://www3.dental-plaza.com/writer/y-okazaki/