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むし歯の少ない町の歯科医師の日常
シーズン2:笑う

2021/7/14 デンタル〇〇デザイン

このところディスプレイに映る大谷翔平選手の笑顔に目を止めることが多い。彼の打者・投手二刀流としての活躍は、日本はもちろん米国内、MLB(メージャーリーグベースボール)選手たちにも大きな衝撃を与えている。ホームランの量産は、もって生まれた才能と理論に裏打ちされた打撃フォームの改造、それを実現するための地道なトレーニングによって実現されたことが、MLB通のみならず多くの人々にも知られることになった。

現在MLBでは、「スタットキャスト」という解析システムが導入され、投球、打球などさまざまなプレーの分析がなされている。すべての選手のプレーや成績を評価するためにいろいろな指標がつくり出され、そこに現れる数値が選手の能力をより的確に捉えるものと位置付けられている。

その中にホームランを多く打つための指標として登場したのが「バレルゾーン」である。バットでボールを捉えた時の打球速度が98マイル(約158㎞/h)以上、打球角度が26~30度の範囲ではもっとも長打が出やすく、これを「バレルゾーン」とよぶ。さらに打球速度が上がれば打球角度は広がり、116マイル(187㎞/h)を超えると8~50度の角度でも長打になることもわかっていて、大谷選手はバレルゾーン内でボールを打ち返す率(バレル率)を上げることを実践しているのだ。

2016年頃この「バレルゾーン」を含むスタットキャストの解析の存在とその内容を知った時、私は医療でも提唱されているEBM(Evidenced-based Medicine:根拠に基づく医療)を思い出した。「最善の根拠」を基に、「臨床家の専門性(熟練、技能など)」、「患者さん希望・価値観」、「患者さんの状態や置かれている環境」まで考え合わせて、より良い医療を提供しようとするものである。

多くの研究の解析結果が、われわれに方向性を示す。「バレルゾーン」のようなものが示されれば、より高確率でそのゾーンで球を打ち続けるための努力をし、技能や熟練度を高めるのは専門職の責務と考えている。しかし、歯科医療においても難しいのはEBMの説明の後半部分、人という生き物の持つ複雑な要因が絡みあってくることだろう。さらに私たちが行った処置は長い時間経過を経ながら真の評価が現れることが、悩みをより大きくしていることは間違いない。とにかく「バレルゾーン」で球を打ち出した後は「天まかせ」とはいかない。すぐに会心の笑みとはならないのが臨床だろう。

その一方で日常の中では、分析や解析とは無縁、「幸運」と「不運」という言葉でしか分類できない出来事がある。先月、「108」という題名で原稿を提出した私は、なにげなく宝くじの「ナンバーズ3」を一口購入した。もちろん選択した数字は「108」、翌日当選番号を見るとそれが当たり番号になっていて、思わず「1000分の1か、幸運」と大きな笑みを浮かべていた。

ところがその翌週に、今度は予想もしなかった不運に出くわすことになった。スタッフの一人が複雑な表情で私のところに報告にきた。患者さんの装着予定の補綴物が落下し、診療チェアーの後ろにあるキャビネットのフットペタルの周囲の小さな隙間に転がり込んだのだという。私は「童話の『おむすびころりん』のような話、ねずみがいてつづらでも差し出すのでは」と冗談を言いながら、現場でいろいろ試したがキャビネットの破壊しか取り出す術はないとの結論になった。結局患者さんに説明して謝り、補綴物は再製作となったのだが、「ホールインワンより難しいかも」という私の言葉に患者さんが笑っていた。

冗談を耳にした人々がいちばん笑うのは、その冗談が的を射ていると感じた時、つまり自分の意見と一致した時らしい。そして人はおもしろいことがあった時よりも、何の変哲もない日常の中でよく笑うこと、笑いはストレスを軽減し、積極的な気持ちを生み出すことが知られている。また、笑いはユーモアよりも社会的な絆との関連が深いともいわれている。私は生まれてからどれくらいの時間笑ったのだろう、診療室でどれくらい笑ったのだろう、その患者さんの笑みを見ながらそんなことがふと気になった。

今日もチームメートにハイタッチで迎えられる大谷選手の笑顔が、大きく映し出されている。私の贔屓のMLBチームは9回裏に5点差をひっくり返されてサヨナラ負け……。もう笑うしかない。