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親知らず、抜くか抜かぬか、さじかげん 第1回:親知らず腫れたら抜かなきゃ ならぬのか

親知らず、抜くか抜かぬか、さじかげん 第1回:親知らず腫れたら抜かなきゃ ならぬのか
親知らず、抜くか抜かぬか、さじかげん 第1回:親知らず腫れたら抜かなきゃ ならぬのか
「親知らずが腫れたので、抜いてください」

このようにおっしゃる方は、ぼちぼちいらっしゃいます。親知らずは、たいてい「腫れるときには抜きましょう」と判断されると思います。腫れる原因が、生えきっていない歯の周りに細菌が繁殖し、感染を起こしてしまうことであることが多いからです。また、気を付けて歯みがきをしても腫れを繰り返すことも多く、そのような場合はむし歯にもなったりしますし、親知らずの前の歯にも悪影響を及ぼす可能性があり、「抜きましょう」となります。

ただ、親知らずの抜歯にもいろいろなリスクがともないます。腫れてしまうような親知らずは、半ば埋まっている状態のことが多いです。そのため、注射の麻酔をして、歯ぐきを切って開いて、骨を削ったり、歯を削っていくつかに小さく分けたりしながら、抜いてきます。歯の位置や向き、形とともに、骨の大きさや、口が大きく開けていられるのかなどの状態、また、頬の伸びや大きさも難易度には影響してきます。そのあたりも含めて、どのくらい時間がかかるとお伝えし、注射の麻酔だけでは難しい場合は、全身麻酔なども検討します。

歯のまわりや奥には、血管や神経、筋肉などもあり、いわば局所麻酔での日帰り手術というイメージです。ですからすべての患者さんに、神経損傷による知覚異常の出現する可能性、抜歯後出血や止血処置を追加する可能性、治癒不全となり処方や処置を追加する可能性、などについて説明し、同意を得てから行うこととなります。

なかには、これらの可能性がさらに高くなる方々もいらっしゃいます。たとえば、体の病気や飲んでいる薬の関係で、麻酔の注射をしたり薬を飲むことが病気に負担をかける方や、抜歯後の出血が止まりにくそうだったり、抜歯した傷が治りにくそうだったりする方々などです。

ですから、糖尿病や高血圧などでコントロールがされていない方々には、先に内科などにかかっていただき、治療をしたうえで親知らずの抜歯とする場合もあります。特に、心臓の病気があるとか、血が止まりにくい薬を飲んでいる・骨の傷が治りにくい薬を注射しているとか、さらには、年齢が高いとか、いくつかのリスク因子が重なっている場合は、むしろ親知らずを抜くのではなく、他の手段で親知らずを腫れないように工夫して生活する、ということにすることもあります。

腫れる原因は、細菌が繁殖するスペースがあるため、さらにその原因をいえば、親知らずが適切に生えていないためであり、ならば「親知らずを抜きましょう」となるのが一般的です。しかし、それが難しい場合は、何かしら違う手を考えるのも一案でしょう。つまり、親知らずを抜かなくても、細菌が繁殖するスペースをなくすことができれば良いわけです。

たとえば、ガンを患っていたりペースメーカーが入っていたりと、あれこれの病気もちの方に、親知らずのあるところの上の歯ぐきだけを切り取って、細菌のとどまるスペースを開放したことがあります。それでも5年近く腫れることなくいられました。このところ少し腫れることがあるので、積極的な口腔ケアをできればとお伝えしましたが、ご本人ではもうそこまで細かいケアをするのは難しい年齢でもあるので、コントロールできなくなったら、そろそろまた歯ぐきを切らないといけないかなと思っています。

たとえば、「歯の頭を切り落とすところまで行ったけど、根が抜けなかったから抜いてください」という依頼でいらした年配の方がいらっしゃいました。だいぶ頑張ったものの抜けなかったようで、本人は「もう懲り懲りです、このままではダメですか?」とおっしゃられます。たしかに、傷が治ってくれて、細菌が繁殖しない環境になればそれで良いわけで、傷の治りとその後の状況と、しばらく経過をみましたが、歯周ポケットは深くなく、レントゲンでも変化なく、症状も出ず、そのまま墓場に持ち込んでいただくことにしました。

問題は、細菌が繁殖するスペースです。細菌は口の中の全体にいますが、繁殖しなければ悪さはしないので、歯みがきや舌みがきをしたりします。ただ、それでは細菌を減らせない、細菌が入ったら出てこられないような出入口が小さく、奥深いスペースがあると、そこでは細菌が繁殖し、腫れて悪影響を及ぼします。

ですから、そのスペースをなくすために、親知らずの場合は、根本的には親知らずを抜く、それができない/リスクが高い場合は、歯ぐきを切る、親知らずの頭だけとる、などの第2案を考えます。

生き続けている限り、いろいろと条件が増えていくもので、刺激の大きな処置は、だんだんと難しくなっていきます。在宅での訪問診療を受けておられる方々に対しては、できる処置の限界もありますが、される体側が負担できる負荷の限界もあるかと思います。そのあたりのバランスを見ながら、いかに今後の生活を成り立たせていくのか、という観点も踏まえて、方針を相談できれば良いなと思っています。

著者中久木康一

東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 救急災害医学分野非常勤講師

略歴
  • 1998年、東京医科歯科大学卒業。
  • 2002年、同大学院歯学研究科修了。
  • 以降、病院口腔外科や大学形成外科で研修。
  • 2009年、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 顎顔面外科学分野助教
  • 2021年から現職。

学生時代に休学して渡米、大学院時代にはスリランカへ短期留学。
災害歯科保健の第一人者として全国各地での災害歯科研修会の講師を務める他、野宿生活者、
在日外国人や障がい者など「医療におけるマイノリティ」への支援をボランティアで行っている。
著書に『繋ぐ~災害歯科保健医療対応への執念(分担執筆)』(クインテッセンス出版刊)がある。

中久木康一

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