口腔機能発達不全に関して、もう一つ理解を深めておきたいことがある。 それは、乳児期の"感覚運動"の統合についてである。 この点について脳神経の発達的な観点から考えてみよう。 さて新生児の吸啜運動や味覚感受性などは、そのまま生命に直結する。 そのためには、胎児期から口腔領域の筋肉や神経系の発達が不可欠である。 脳は、ニューロン(神経細胞)とグリア細胞(神経膠細胞)から構成される。 前者は情報伝達を行ない、後者はニューロンを支えるなどの働きがある。 ニューロンは、信号を受け取る樹状突起と伝達する軸索がある。 軸索は、髄鞘化により伝達のスピードが著しく早くなる。 これは、胎生5~6か月頃から生後2歳頃まで、もっとも活発に行われる。 なかでも、大脳皮質で最初に起こるのは、運動野と感覚野である。 筆者は、神経系のシナプス数は、出生後から年齢とともに増加すると学んできた。 しかし現在、この説は大きく覆っている。 1990年代、シカゴ大学のハッテンロッカーは、胎生期から成人期までの視覚野のシナプス数を調べた。 その結果、シナプスは生後2~4カ月で急に増え、6~8カ月でピークに達する。 しかしその後、大人と同じレベルになるまで減少することがわかった。 どうして、このような現象が起こるのだろう? 神経回路を道路に例えてみると、まず脳はたくさんの道路を作る。 そして、車の通過量の多い道路は、設備を向上し高速道路に格上げする。 その後、使わない道路を廃止する。 これが"シナプスの刈り込み"であり、廃止の期限を"臨界期"という。 すなわち、無駄な神経伝達を減らすことで、神経伝達の効率を向上させる。 これによりシナプス同士の結合が強化される。 この現象は他の部位でも起こるが、その時期は異なり感覚運動皮質がもっとも早い。 臨界期は、視覚・聴覚・触覚など五感にも大きく関わる。 眼の臨界期にある、子ネコの眼を数日~1週間程度塞ぐと弱視になる。 また縦線しかない部屋に閉じ込めておくと、横線が見えなくなる。 これは"刈り込み現象"により、光や横線に視覚が反応しなくなったのだ。 ネコの視覚は、その後回復することはないという。 ちなみにヒトにおける視覚の臨界期は2~5年である。 また日本人が英語の「R」と「L」の発音を聞き分けることが苦手なのは、聴覚野における臨界期の問題である。 五感に対する臨界期は、かくも重要であることがわかる。 続く
著者岡崎 好秀
前 岡山大学病院 小児歯科講師
国立モンゴル医科大学 客員教授
略歴
- 1978年 愛知学院大学歯学部 卒業 大阪大学小児歯科 入局
- 1984年 岡山大学小児歯科 講師専門:小児歯科・障害児歯科・健康教育
- 日本小児歯科学会:指導医
- 日本障害者歯科学会:認定医 評議員
- 日本口腔衛生学会:認定医,他
歯科豆知識
「Dr.オカザキのまるごと歯学」では、様々な角度から、歯学についてお話しします。
人が噛む効果について、また動物と食物の関係、治療の組立て、食べることと命について。
知っているようで知らなかった、歯に関する目からウロコのコラムです!
- 岡崎先生ホームページ:
https://okazaki8020.sakura.ne.jp/ - 岡崎先生の記事のバックナンバー:
https://www3.dental-plaza.com/writer/y-okazaki/