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抜くか抜かぬか、さじかげん
第4回:
親知らず 必要ないのに 責任重大

コラム

親知らず、
抜くか抜かぬか、さじかげん
第4回:
親知らず 必要ないのに 責任重大

親知らず、<br>抜くか抜かぬか、さじかげん<br>第4回:<br>親知らず 必要ないのに 責任重大
親知らず、
抜くか抜かぬか、さじかげん
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親知らず 必要ないのに 責任重大
「親知らずだから使わない歯ですし、先に抜いておいたほうがいいですよ」と言われると、「そっか、それなら抜いてもらおう」と、思うのが普通だと思います。しかし、それぞれリスクは大きく違いますので、あまり気軽に考えずに、きちんとした説明も聞いたうえで、検討していただきたく思います。

本来、まず評価されるべきは"その親知らずを抜く必要があるのか"ということです。必要があり、かつ、抜歯するメリットが、抜歯にかかわるリスクなどのデメリットを上回る場合には、抜歯が提案されるはずです。そして、相談のうえで同意が得られたものの歯科診療所での対応が難しい場合には、病院などに紹介されることとなります。



しかし、時に目的が違う場合があります。50代の方が、親知らずの抜歯を希望されて紹介されてきました。聞くと、今まで何ら症状が出たことはないと言います。そして、今も腫れていません。レントゲンの診査では、今後悪さをしそうな歯には思えませんが、神経や血管に絡みついており、年齢も高く、抜歯にはかなり難渋しそうです。当然リスクも高くなりますので、入院しての全身麻酔(短期入院)での抜歯をお勧めしました。

するとその方は、「行ったその日に注射の麻酔で抜歯してもらえると聞いて来たのに……」と困惑され、どうしたらいいのかわからない、という感じでした。

"いやいや、この親知らずは、そんな簡単な親知らずではないですよ……"と思いつつ、どうして抜歯を希望しているのかを聞いてみました。すると、「親知らずの前の歯に私費の歯を入れるから」とのことでした。たしかに、親知らずの生えかたと、前の歯の状況によっては、先に抜かないと良い治療ができなかったり、その後の管理が難しくなったりすることもありますが、この方の場合はそうではありませんでした。

聞けば、「私費の歯を作った後に、もしも親知らずがおかしくなったら、自費の歯がやり直しになるかもしれないから、先に親知らずを抜いた方がいいのではないか」と勧められて、親知らずを抜きたくなったそうです。

まあ、一理あるとは思います。しかし、その低い可能性、かつ、やり直しになっても、口の中に出ている歯をもう一度削れば済むだけのために、入院して全身麻酔で粘膜を開いて顎の骨を削って神経損傷のリスクを負うことが、釣り合うようには思えません。

さらに、こちらはその「無駄」な責任をとらされるのも嫌ですから、考え直してもらおうと思って必死にリスクを説明するのですが……その方からの質問は治療費についてばかり。レントゲンもCTも紹介状とともに持ち込みで、「予約をとったその日に抜歯して、保険で5,000円くらいでできると聞いて来たのに……」と、何度もお金と時間のことをおっしゃられます。まあ、経済的に困窮されているのかもしれませんが、それならば前の歯も健康保険適用の銀歯にすればいいようにも思いますけどね……。

決められない、と言われても、次の方をいつまでもお待たせしているわけにもいきません。その日はとりあえず、入院費用から手続きまでのいろいろをご説明させていただき、またお考えいただいた後に電話で入院申し込みをしていただくということとして、お帰りいただきました。

今回の件、必要性にリスクが見合わない、というのが、医療者側からの観点です。しかし本人は、コストと時間という観点から、判断をしようとしています。さらに言えば、「私費診療がやりなおしになるかもしれないから」という理由での抜歯は、本来は健康保険適用とはならないはずで、その日の診察も健康保険の適用外と判断されてもおかしくありません。もちろん、病院としてはトラブルは好ましくなく、その日は保険診療としてお帰りいただきました。そして、その後、連絡はありませんでした。

歯科医院でどのような話になったのか、本当のところはわかりません。しかし、依頼を受けた専門側からの経験も知識も含めた体のリスクに対する意見は受け容れられず、紹介した歯科医院側の手前の歯に対する自費診療に対する金銭的トラブルリスク回避の説明が優先されるのは、いかがなものかと思います。

さらに、こんな場合でも、すべてを保険医療で対応するうえに、身体的リスクの責任はすべてこちらが負わされるというのは、どうにも解せない気がしてしまいます。

たしかに、治療費はそこそこするでしょうし、治療にかかわる時間を確保することもたいへんかと思います。しかし、病院における倫理的な判断は、あくまでも、体のメリットのために許容されるリスクである場合のみ、リスクを冒すことが許されるということとなること、ご理解いただければと思います。

著者中久木康一

東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 救急災害医学分野非常勤講師

略歴
  • 1998年、東京医科歯科大学卒業。
  • 2002年、同大学院歯学研究科修了。
  • 以降、病院口腔外科や大学形成外科で研修。
  • 2009年、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 顎顔面外科学分野助教
  • 2021年から現職。

学生時代に休学して渡米、大学院時代にはスリランカへ短期留学。
災害歯科保健の第一人者として全国各地での災害歯科研修会の講師を務める他、野宿生活者、
在日外国人や障がい者など「医療におけるマイノリティ」への支援をボランティアで行っている。
著書に『繋ぐ~災害歯科保健医療対応への執念(分担執筆)』(クインテッセンス出版刊)がある。

中久木康一

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