「親知らずが横向いて埋まっているので、病院に紹介されました」という人はけっこういます。しかし実際は、「縦」向きの方が難しい時もあります。もちろん、後ろを向いていたり、内側に向いていたりするのも難しく、たまに「全身麻酔でやりましょう」となることもあります。 レントゲンでは、歯を真横から見て評価していますが、実は親知らずの真横は頬です。ですから口の中で親知らずを触るには、かなり前の方から見てアプローチすることとなります。奥に行けば行くほど頬は邪魔になりますし、口が開きにくければ、そして歯の埋まり方が深ければ、ますます器具は届きにくくなります。 横向いている親知らずは、たしかに、前の歯の後ろにひっかかっている歯の頭を取るのはたいへんなのですが、歯の軸自体は前を向いています。歯の頭を全部取りきるのに時間がかかったりもしますが、それが取れれば、歯の根は前を向いているわけで、意外とあっさり抜けるときもあります。 しかし、縦向いて埋まっている親知らずは、歯の頭は見えるのですが、歯の根は、前の歯の頭の後ろにあるわけではなく、前の歯の根の裏にある、というイメージです。この根がしっかりしていて、抜いている時に途中で折れて根の先だけ小さく残ったりすると、もう、どこにあるのか、どっちを向いているのか、さっぱり見えなくなります。仕方がないので、デンタルミラー(鏡)や、細くて曲がった針のような器具を使ったりして、あれやこれやと試行錯誤しますが、根の先が曲がっていたりすると、さらにやっかいになります。 見にくければ、そして器具が届きにくければ、やりにくくなり、難易度があがります。歯と口の奥の壁(下顎枝という、下顎の骨の頬の内側にあたるところ)までの距離があるかどうか、口が大きく開くか・開けていられるか・顎が痛くならないか、唇が硬くなく頬を引っ張って少しでも横に近いところから見ることができるか、頬の肉が太っていて内側に出っ張ってこないか、舌の圧力が強くて親知らずを削っているところに押しあたってこないか、麻酔の効きは良いか、歯を押したり引いたりしたときに首がぐらぐらと逃げないか、などの抜く歯というよりも、その歯をもっている方の口の特徴により、やりやすさは大きく異なってきます。ですから、歯を抜く前の診察では、そのような部分もみて、難易度をお伝えしています。 あとは、残念な話ですが、年齢は影響します。一般に、40~50代では、それほどまでには年齢を意識していない人の方が多いと思います。女性の方は、既に病気や出産を経て体力の衰えを感じたりしている方もいらっしゃるかもしれませんが、男性はもう少し年齢があがってからの病気が多いこともあり、あまり年齢の意識は強くないように感じます。 しかし、顎の骨は確実に硬くなり、歯の質も脆くなるので、年齢があがればあがるほど、抜歯は難しくなりますし、トラブルも起きやすくなり、そして治りにくくなります。さらには、脳梗塞や心筋梗塞をやったことがある、腎臓や肝臓が悪かったり骨粗鬆症を患っていたりする、となると、諸般の調整も必要ですし、リスクはよりあがると思います。 親知らずを抜く方は、早ければ12歳くらいから、多くは18歳くらいからいらっしゃり、年齢差はとても大きいです。経験上でしかありませんが、40歳を過ぎると、10歳ごとに難易度が一段あがるくらいに考えていただくと良いと思います。 ですから、数か月を急ぐ話ではないですが、「数年のうちにはやっておいたらどうですか?」とお伝えすることが多いです。年齢があがればリスクがあがり、歯を抜くのにも時間がかかります。やるほうもたいへんですがやられるほうもたいへんとなりますし、さらには、傷が治るにも時間がかかるわけです。 特に女性の方には、妊娠を考えるようであれば、それよりも前に抜いてしまうことをお勧めしています。妊娠しているからといって、時期を選べばできないことはないのですが、もしも何かがあったときには、因果関係は明らかではなくとも気になるものですし、体調が整わない時にさらに歯の調子が悪いとなるのは避けたほうが良いでしょう。 「この親知らずは生えてこなそうだし、いつか腫れそうだから抜歯したほうがいいかもしれませんね」などと言われたときには、怖いし嫌だしなるべく先送りにしたいと思うものでしょうが、ぜひ、まずは早めにご相談ください。特に、縦を向いていると、「そのうち生えてくるんじゃないか」「横向いているよりも簡単に抜けるんじゃないか」などと思われる方もいらっしゃるようですが、意外と、そうでもありませんから。
著者中久木康一
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 救急災害医学分野非常勤講師
略歴
- 1998年、東京医科歯科大学卒業。
- 2002年、同大学院歯学研究科修了。
- 以降、病院口腔外科や大学形成外科で研修。
- 2009年、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 顎顔面外科学分野助教
- 2021年から現職。
学生時代に休学して渡米、大学院時代にはスリランカへ短期留学。
災害歯科保健の第一人者として全国各地での災害歯科研修会の講師を務める他、野宿生活者、
在日外国人や障がい者など「医療におけるマイノリティ」への支援をボランティアで行っている。
著書に『繋ぐ~災害歯科保健医療対応への執念(分担執筆)』(クインテッセンス出版刊)がある。