親知らずを抜きに来た方の中に、根っこがすご~い曲がっている人たちがいたりします。歯を「抜く」とは、文字通り骨から物理的に引っこ抜くわけですが、そりゃ抜けないでしょ?絶対折れるでしょ?という根っこたちもいます。 根っこが折れてしまったとき、そのかけらを取るにはさらに周りの骨をたくさん削って探しに行かないといけません。もっとも、簡単には見つからないかもわかりません。時間もかかってかなり大変になるかもしれないし、口もかなり大きく開いていてくれないとできないかもしれません。ならば全身麻酔でやる?という考えも出てくるでしょう。 しかし、たいていの親知らずを抜く時の問題点は、歯の頭にあります。歯の頭の場所や向きが、歯ぐきや前の歯に悪影響があり、抜くことがほとんどです。むし歯になってそこからバイ菌が根の先まで行って根の先の周りの骨が影響された、という問題のために親知らずを抜く人は、少ないです。ほとんどの人の根の先には、バイ菌はいないわけで、根の先は残っても傷がきちんと治ればいいわけですから、「敢えて残す」とすることがあります。 「根の先が折れて残ってしまいました」と言われたら、「えっ!失敗!?医療ミス!?」と思ってしまう方もいらっしゃるでしょう。でも、残したって、悪くないはずなんです。もともと歯の根は一生骨の中に埋まっている予定のものですから、骨の中に根の組織がちょっとあったとしても、バイ菌が悪さするとかしない限り、なんら困ることにはなりません。いわば骨の中のほくろのようなもので、確かに周りとは違うけれども悪さをするものではなく、それを敢えてリスクをおかして取りに行く必要はないわけです。 ただ、バイ菌が入らずに、歯ぐきがきれいに治ることが前提です。とはいえ、「そのためには、どのくらい歯の根は残っていても構わないのか」に関しては、よくわかりません。そう頻繁にあることでもないし、疾患統計や治療統計にも出てこないし、ならば研究?といっても、敢えて根を残すのは倫理的に認められない気がしますし、観察期間が何十年となると難しいところでしょう。なにより、結果的にそうなるだけで敢えて狙うことではないので、あまり研究する価値もありません。 残す根の量は、年配の方の場合は、比較的多くてもいいかなと思っています。最低でも、歯の頭(歯冠)のエナメル質はすべてなくなっていて、歯根の象牙質とセメント質だけになっていれば可能だろうと思います。しかし、あくまでも傷が歯ぐきで覆われるためには、残った歯の根がなるべく骨の奥に埋まっている関係の方がいいだろうと思います。歯の中にある神経や血管をそのままにしておいたら痛いのではないかとも思いますが、意外とそうでもないようです。血が止まりにくい薬を飲んでいるとかの場合は、完全に歯茎が治らなくてもバイ菌が悪さしない傷にまでコントロールできるのならば、体調への影響も含めて総合的に判断してもいいのかもしれません。 若年者の場合は、根拠はありませんが、先端3ミリ以内程度なら残しても差し支えないかと考えています。もともと骨の中には、固い部分と柔らかい部分が混在しており、なかには内骨症という、骨の外側の固い部分がなぜか骨の中にあってレントゲンで塊が映ってくる人もいるくらいで、硬い根が多少骨の中に残っていても、3ミリ程度であればレントゲンを撮っても骨の形の一部のようになってわからないくらいと思います。 「根拠はないけど3ミリ」の根拠は、「他で親知らずを抜いたけど根が残ったんだろうな」という人のレントゲンを、ちらほら拝見するからです。「反対側の親知らずは前に抜いたんですね~」なんていうものの、根が残っているとはコメントしませんが、5~7ミリほど残っていたとしても問題なく傷は治っている人が多く、自分の中では、勝手に3ミリを指標としています。 とはいえ、若い方の場合は、歯の根が曲がっていても、意外と、抜けます。それは、骨が柔らかいので、骨の側が変形してくれたり、曲がった根が抱き抱えている骨ごと取れてきたりするからです。 いずれにせよ、根の先まで完璧に取りきらなくても、いまある問題は解決して無用なリスクを負わずに済むのであれば、「根の先は残す」という現実的な治療方針も選択肢と思います。もちろん、抜歯前のレントゲンなどで「根っこがすごい曲がっていますねぇ」となったら、「根っこの先が折れた場合、無理に取らずに残すかもしれません」と、あらかじめ説明するようにしています。
著者中久木康一
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 救急災害医学分野非常勤講師
略歴
- 1998年、東京医科歯科大学卒業。
- 2002年、同大学院歯学研究科修了。
- 以降、病院口腔外科や大学形成外科で研修。
- 2009年、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 顎顔面外科学分野助教
- 2021年から現職。
学生時代に休学して渡米、大学院時代にはスリランカへ短期留学。
災害歯科保健の第一人者として全国各地での災害歯科研修会の講師を務める他、野宿生活者、
在日外国人や障がい者など「医療におけるマイノリティ」への支援をボランティアで行っている。
著書に『繋ぐ~災害歯科保健医療対応への執念(分担執筆)』(クインテッセンス出版刊)がある。