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むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:マスク

むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:マスク
むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:マスク
3年ぶりの行動制限がないゴールデンウィーク(GW)、行楽地は観光客で賑わっている。暦どおりのスケジュールを過ごしながらの休日の午後、診療所の2階でコーヒーを片手に本のページをめくっていると、県道からは少し距離があるというのに、地を這うようなタイヤ音が途切れることなく聞こえてくる。その音を生み出している車のほとんどは県外ナンバーで、それらがSNSで話題の父母ヶ浜(ちちぶがはま)を目指していることは言うに及ばない。

GW中でも、生活のリズムが大きく変わるような行動を控えてしまうのは、「巣ごもり」に馴染んでしまったせいかもしれない。そして遠出を避ける理由のひとつには、大切な鉢植えの椿たちの新芽が勢いよく伸びるこの時期にメリハリのある水やりが欠かせないということがある。

いつもどおりに父母ヶ浜にゴミ袋を携え出かけると、早朝にもかかわらずすでに数人の観光客がいる。人の出入りの少ない南側から浜に入ると、咲き乱れていたハマダイコンの花や、鮮やかだった紫色のハマエンドウの花も終わりの時期を迎えている。コウボウムギが穂を出し、ハマヒルガオが桃色の蕾を抱え、白い花が集まるハマボウフウにはキアゲハの幼虫がいた。

漂着ゴミを拾い上げながら北側へと歩くと、連日押し寄せる観光客が踏み荒したコウボウシバやコウボウムギの群落面積はますます大きくなり、当然他の海浜植物への被害も増していた。

湧き上がっては消えない悲しみとやり場のない憤り、生物の宝庫である浜の存在が海には重要であり、生物たちにとってはSNS映えのする写真が撮れることなど何の意味もない。

そんなことを思いながら拾い上げる漂着ごみ、その中で日々増え続けているのが不織布マスクである。新型コロナウイルスの感染拡大が始まり、しばらくすると潮が引いた後に白い四角の物体が残されるようになった。最初は月に2、3枚、時間を経るごとにその数を増し、最近はマスクを見かけない日はない。昨年末になると、元の白い色ではなく劣化や変色して紐のとれた灰色のマスクが多く見られようになった。

今年2月、岩手県沿岸のウミガメについて生態分析をしている東京農工大学などの研究グループが、15年間の調査で初めてウミガメの排せつ物に不織布マスクが含まれていたのを確認したと発表した。そして海洋生物に影響を及ぼすおそれがあるとコメントしていた。いずれにしても捨てられたマスクは街中だけでなく、すでに海洋への侵食を拡大しているのは明らかだ。コロナ禍でマスクの使用が日常化するなか、心ない「ポイ捨て」が海洋生物にまで影響を及ぼすということを使用するすべての人々に伝えたい。

そもそも不織布マスクは、私たち歯科医療従事者にとっては欠かせない存在である。診療室では、マスク姿の私たちの顔を患者さんたちが見て、私たちはマスクのない患者さんの顔を見るのが通例だった。ところがコロナ禍でマスク着用が日常化すると、私たち自身が生活の中でマスクをした人の顔に向き合うことが当たり前となった。

都会への出張から帰った後、「マスクをしているとみんな美人に見えるのだけど」と知人に告げると、いろいろ言われている理由のなかで、もっとも信憑性が高いのは、脳が見えていない部分を補完イメージする「空間補完効果」だと教えられた。顔半分が隠れていると、見えている顔の上半分から自分のタイプにそった顔下の輪郭や口元を想像するらしい。それを聞き、思わず私たち歯科医師や歯科衛生士は、ずっと診療室でマスクの恩恵に浴してきたのかと苦笑した。

その翌日、隣町の漁港にチヌ釣りに出かけた。日差しは比較的柔らかで、風が心地よい。港を取り囲む山の緑、晴れ渡った青空の下で釣り糸を垂れ、真っ直ぐに風景を眺めると絵葉書のように美しい。ところが、足元の石積防波堤には漂着ゴミが目立っている。「空間補完効果」の言葉を思い出し、ポケットにあったマスクを取り出し両手で風景にあてがいしばらく眺めていた。釣りを終える頃になると、真の「美人風景」が見たくなり、裏山に登って夕日を眺めようと決めた。

著者浪越建男

浪越歯科医院院長(香川県三豊市)
日本補綴歯科学会専門医

略歴
  • 1987年3月、長崎大学歯学部卒業
  • 1991年3月、長崎大学大学院歯学研究科修了(歯学博士)
  • 1991年4月~1994年5月 長崎大学歯学部助手
  • 1994年6月、浪越歯科医院開設(香川県三豊市)
  • 2001年4月~2002年3月、長崎大学歯学部臨床助教授
  • 2002年4月~2010年3月、長崎大学歯学部臨床教授
  • 2012年4月~認定NPO法人ウォーターフロリデーションファンド理事長。
  • 学校歯科医を務める仁尾小学校(香川県三豊市)が1999年に全日本歯科保健優良校最優秀文部大臣賞を受賞。
  • 2011年4月の歯科健診では6年生51名が永久歯カリエスフリーを達成し、日本歯科医師会長賞を受賞。
  • 著書に『季節の中の診療室にて』『このまま使えるDr.もDHも!歯科医院で患者さんにしっかり説明できる本』(ともにクインテッセンス出版)がある。
  • 浪越歯科医院ホームページ
    https://www.namikoshi.jp/
浪越建男

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