ワイドショーで天気予報士が梅雨入りの遅れを話題にしていた日、診療を終え自宅に帰ると猫の姿が見当たらない。嘔吐と食欲減退のために、かかりつけの動物病院で診察を受け、しばらく入院することになったと聞かされた。 居間の机の上に置かれた血液化学検査結果を見ると、BUN(尿素窒素)、CRE(クレアチニン)の数値が、明らかに腎機能の低下を表していた。慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease:CKD)は、7歳以上の猫たちが発症する病気の中でもっとも多い病気として知られている。 ヒトの疾病としては、日本国内にはCKD患者が1,330万人いて、成人の8人に1人がこの病だと考えられている。近年、歯科診療所を訪れる患者への問診でも、耳にすることが多くなっているように思う。糖尿病の有病者数が約1,000万人であることを考えれば、まさに身近な国民病であるといえる。余談にはなるが、われわれの専門分野に着目すると、現在日本人の4,000万人が治療を必要とするう蝕に罹患していると報告されている。 10年程前から猫を飼い始めた家人は、新鮮な水が切れないようにいつも心がけている。これまで3頭の大型犬を飼った私も、犬の訓練士からは新鮮な水を十分と与えるように指導を受けていた。与えられた水を豪快に飲む音が耳に馴染んでいたため、猫の水を飲む姿には、どことなく物足りなさを感じることになった。しかし、猫の祖先は中東の砂漠地帯にいるリビアヤマネコで、その名残のため少ない水で生き抜く力を備えていることを知らされ、環境、進化などいかなる場面でも生物には、水が大きな影響を与えてきたことを再認識したのだった。 腎臓は、血液中の不要物を大量の水とともにろ過し、その後必要な成分を水分とともに再吸収しながら、不要物を含む水分を尿として膀胱へ送っている。腎臓にある「ネフロン」が、主に「ろ過」「再吸収」「濃縮」などを行い、尿を作る。猫のネフロンは40万個(犬には80万個、ヒトには200万個)で、元々砂漠の生き物である猫の「ネフロン」は、水の少ない環境で生きていくために、再吸収の機能に重点を置いているらしい。 そして腎臓という言葉は、いつでも私の頭の中に「水」という文字を浮かび上がらせる。水は私たちヒトの体の65%を占め、その3分の2は細胞内液、3分の1が血液やリンパ液などの細胞外液である。動物によって水の占める割合はそれぞれ異なっているが、水の働きこそが生命活動の基盤となっている。 水の惑星といわれる地球には水が14億km3ある。しかし、そのほとんどは海にあり、淡水は2.5%、人が生活に使える水の量は地球全体の水のわずか0.01%である。それを意識すると、水道の蛇口から流れ出る水がいかに貴重かということに気づくだろう。 四国地方では、2021年12月から2022年5月までの6か月間にわたり、降水量が平年値に届かず小雨状態が続いている。香川県の水利用に非常に大きい役割を果たしている早明浦ダムの治水率も低下し、吉野川水系水利用連絡協議会が、貯水率30%で3次制限に入ることを決めた。 私が開院した1994年(平成6年)の夏は、経験のない深刻な水不足で、「ヘイロク渇水」とよばれているが、それを超える過去最速ペースをたどっている。「ヘイロク渇水」時には給水時間制限がされ、診療でもさまざまな制限を受け、疲労困憊の時間が長く続いた。その辛い期間を経験しているだけに、日常生活はもちろん、歯科診療での水の必要性や重要性は、だれよりも認識しているつもりだ。6月13日にようやく四国の梅雨入りが発表されたが、梅雨に降雨量が少ないと、再びあの深刻な渇水となる恐れがある。今年の夏は猛暑が予想され、イランの大干ばつのニュースは、さらに不安を煽る。 早朝、梅雨空から降り注いだ雨粒が木々の枝に水滴をつなげていた。足を止め、その雨粒を覗き込むと「リュウグウ試料に水」というニュースの見出しが浮かんできた。探査機「はやぶさ2」が、2020年に小惑星リュウグウから持ち帰った資料の重さの7%は水だったいう。透明な水の帯が、時と次元を超えて流れる姿を想像してみた。
著者浪越建男
浪越歯科医院院長(香川県三豊市)
日本補綴歯科学会専門医
略歴
- 1987年3月、長崎大学歯学部卒業
- 1991年3月、長崎大学大学院歯学研究科修了(歯学博士)
- 1991年4月~1994年5月 長崎大学歯学部助手
- 1994年6月、浪越歯科医院開設(香川県三豊市)
- 2001年4月~2002年3月、長崎大学歯学部臨床助教授
- 2002年4月~2010年3月、長崎大学歯学部臨床教授
- 2012年4月~認定NPO法人ウォーターフロリデーションファンド理事長。
- 学校歯科医を務める仁尾小学校(香川県三豊市)が1999年に全日本歯科保健優良校最優秀文部大臣賞を受賞。
- 2011年4月の歯科健診では6年生51名が永久歯カリエスフリーを達成し、日本歯科医師会長賞を受賞。
- 著書に『季節の中の診療室にて』『このまま使えるDr.もDHも!歯科医院で患者さんにしっかり説明できる本』(ともにクインテッセンス出版)がある。
- 浪越歯科医院ホームページ
https://www.namikoshi.jp/