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むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:課題

むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:課題
むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:課題
心配されていた四国の水不足は、列島各地で豪雨をもたらしている「戻り梅雨」によって、解消されそうな気配だ。診療所の窓から眺めると、川向こうの田畑では、玉ねぎとトウモロコシの収穫が終わり、雑草の占める割合が目立ち始めている。その隣の水田では、日毎に丈の伸びるイネが雨風に揺れていた。

軽快な雨だれの音を聞いていると、「地球上の利用可能な土地のうち半分は農地で、さらにその80%は家畜の飼料用の作物が栽培されている」という言葉を思い出した。診療所は田園の中にあり、そして私は地球上では貴重ともいうべき10%の土地に育つ野菜やイネ、果樹、花の姿を眺めながら、季節を過ごしていることになる。そう考えると、うまくは表現できないが、草花を取り囲む空気さえも愛おしくなるような、不思議な感情が湧いてきた。目の前にあるのは小さな田畑の集合で、さまざまな作物が異なる速度で成長していく。そしてその姿はなぜか安堵感をもたらすのだ。

そんなことがあった数日後、植物をテーマにしたテレビ番組で、米国カリフォルニア州にあるアーモンド農園が映し出され、私は思わず驚嘆の声をあげてしまった。それは見慣れた農作物の姿とはあまりにも対照的だった。東京都2個分の面積の農園に、アーモンドの木が1億4,000万本並んでいた。下草もない。花の開花時期には、全米中からミツバチが運び込まれ、その数は400億匹である。そしてミツバチたちが、2兆5,000億個の花を受粉するという。生態系にとって重要な役割を担うはずの生物多様性は欠け、まさに単一栽培の究極の姿、工業型農業ともいうべきものだ。

番組中、もうひとつ衝撃的だったのは、枯れた松が並ぶ北米の森林の現状だった。北米では、この40年間にマツクイムシの被害により、数兆本の松が枯れたらしい。そこには人工林と自然林が入り混じっていたが、北米の厳しい寒さの中で死ぬはずのマツクイムシの幼虫が、地球温暖化の影響で冬を越せるようになったことが要因だと伝えていた。そもそも単一栽培では、病害虫が発生すれば作物は全滅する可能性を秘めている。そのためどうしても農薬に依存することになりやすい。

そして多くの化学肥料が使われことが多い。農作物の肥料は、窒素、リン酸、カリウムの3要素からなる。窒素肥料の合成は、高校時代の化学の教科書にも登場したハーバー・ボッシュ法により行われているが、膨大な量の化石燃料由来の水素が利用されている。無論それは二酸化炭素排出量の増加につながる。

たとえば日本では、カリウム全体の約25%を、ロシアとベラルーシから輸入しているため、このたびのロシアのウクライナ侵攻によって調達に支障が生じている。またリンは約90%を中国から輸入しているが、中国は2019年秋から輸出規制をしている。採掘されたカリウム鉱石は塩化カリウムへと処理され、リン鉱石はそのままで輸出される。いずれにしても、日本の「農」を支える肥料の原料の99%は輸入なのだ。

できあがった肥料で育てられた作物を購入した人々が、肥料原料の採掘による環境への影響について考えることはないだろう。しかし豊かな生活を求めてきた人類の経済活動が、土壌や水、生物、気候システムに影響を与え、地球破壊に向かわせていることを、先進国に住むわれわれはつねに意識すべきだと思う。

大阪のビル街で、ベンチに腰かけアーモンドバーを片手にスマホを見ていた。スマホの画面を閉じてビルを見上げる。ビルの隙間を行き交う車、鉄や銅、アルミニウム、スマホの電池のリチウムやコバルト、アーモンド、どれも地球上の、私の知らないはるか遠いところからの自然資源の収奪と大量の二酸化炭素の排出によってできあがっている。

いつも思っている。「ひとつしかない地球を次の世代に」――。それがわれわれの世代に突きつけられた課題である。私たち1人ひとりが当事者なのだ。


著者浪越建男

浪越歯科医院院長(香川県三豊市)
日本補綴歯科学会専門医

略歴
  • 1987年3月、長崎大学歯学部卒業
  • 1991年3月、長崎大学大学院歯学研究科修了(歯学博士)
  • 1991年4月~1994年5月 長崎大学歯学部助手
  • 1994年6月、浪越歯科医院開設(香川県三豊市)
  • 2001年4月~2002年3月、長崎大学歯学部臨床助教授
  • 2002年4月~2010年3月、長崎大学歯学部臨床教授
  • 2012年4月~認定NPO法人ウォーターフロリデーションファンド理事長。
  • 学校歯科医を務める仁尾小学校(香川県三豊市)が1999年に全日本歯科保健優良校最優秀文部大臣賞を受賞。
  • 2011年4月の歯科健診では6年生51名が永久歯カリエスフリーを達成し、日本歯科医師会長賞を受賞。
  • 著書に『季節の中の診療室にて』『このまま使えるDr.もDHも!歯科医院で患者さんにしっかり説明できる本』(ともにクインテッセンス出版)がある。
  • 浪越歯科医院ホームページ
    https://www.namikoshi.jp/
浪越建男

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