約30年前、ある動物園の標本室へ行った時のこと。 サルの頭蓋骨を見せていただいた。 その骨は、左上の犬歯が破折していた。 それを眺めながら獣医師はつぶやいた。 「前日まで元気だったサルが、ある朝死んでいた。当初、その理由がわからなかった」。 しかし、骨格標本を見てその理由がわかったという。 よくみると右の後頭部に穴が開いている。 何らかの理由で骨が溶けたのだ。 さてサルの牙は、長くて大きいため歯根相当部が大きく膨隆している。 根尖部から脳までは近接している。 そのためサルは、歯性脳炎を起こしやすい。 生前に破折した牙は、歯髄壊死の痕跡があった。 獣医師は、これが感染源になり、慢性炎症により骨が溶けたと推定した。 つまり、死亡原因は破折歯と診断したのである。 もちろん、歯が原因で死亡した動物を見たのは初めてだ。 このサルに適切な歯科治療が行われていれば、もっと長生きできたかもしれぬ。 以来、動物の歯科疾患が気になっていた。 さて以前、大牟田市動物園の"ハズバンダリートレーニング"について紹介した。(注1) これは動物の健康管理のための訓練である。 そこに、開口訓練をしているゴマフアザラシがいた。 しかし歯を見ると、下顎右の牙が破折しているではないか。 獣医師によると、数年前に破折したとのこと。 その後、腫脹・熱感が見られ、患歯や舌下部から排膿があったという。 抗生剤や洗浄したが、症状が完全に消失するまで約70日を要したらしい。 しかし、アザラシは全身麻酔下での処置は難しい。 そこで獣医師と相談し、感染根管治療を試みることになった。 続く 大牟田市動物園公式ホームページ: http://omutacityzoo.org/ 注1: 動物園の動物達も高齢化【1】ハズバンダリートレーニング https://www3.dental-plaza.com/archives/11140 動物園の動物達も高齢化【2】高齢化と口腔疾患の増加 https://www3.dental-plaza.com/archives/11166
著者岡崎 好秀
前 岡山大学病院 小児歯科講師
国立モンゴル医科大学 客員教授
略歴
- 1978年 愛知学院大学歯学部 卒業 大阪大学小児歯科 入局
- 1984年 岡山大学小児歯科 講師専門:小児歯科・障害児歯科・健康教育
- 日本小児歯科学会:指導医
- 日本障害者歯科学会:認定医 評議員
- 日本口腔衛生学会:認定医,他
歯科豆知識
「Dr.オカザキのまるごと歯学」では、様々な角度から、歯学についてお話しします。
人が噛む効果について、また動物と食物の関係、治療の組立て、食べることと命について。
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