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むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:秋の音

むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:秋の音
むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:秋の音
秋祭りの太鼓の音と掛け声が聞こえると、誰かが「秋ですね」と口にした。新型コロナウイルスの感染拡大で中止となっていた行事が徐々に復活し、日常生活も以前の姿に近づいていくのだろう。

万一、イベントや行事がほとんどなくなったとしても、生物である私たちには、季節の移り変わりを存分に楽しむための五感(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)が備わっている。歩みを止めて雲を見上げ、緑の変化に目をとめる。窓から流れ込む空気の温度変化を肌で感じ、旬の食材を味わう。そして、自然が生み出す季節の音を楽しめるのは、田舎暮らしの特典の1つだと思う。四季の中で、秋を感じる時間は何よりも楽しみでもある。

秋の深まった夜には、窓を開け部屋の明かりを消して、目を閉じることがよくある。静寂の中で、スズムシ、マツムシ、カンタン、ツヅレサセコオロギ、エンマコオロギなど、たくさんの虫たちの鳴き声が響く。それは別格な時間だ。時には、秋の夜道を自宅へと自転車で帰っていた子どもの頃を思い出す。今思えば、取るに足らないような悩みで、漕ぐペダルが重かったことや、虫たちの鳴き声の中を、口笛を吹きながら上機嫌で帰った夜のことがよみがえったりもする。あれから半世紀も経つが、秋の虫の声はいつも優しい。

虫は仲間とコミュニケーションをとるために、鳴き方を使い分けている。少しでも虫に関心のある人にとっては、常識かもしれない。たとえばエンマコオロギは、夕方から夜にかけて「コロコロコロ」とよく通る美しい声で鳴いているが、これはオスがなわばりを主張する「ひとり鳴き」とよばれるものだ。明け方や夕方によく聞く「コロコロリー」と低く弱い声は、メスが近づいた時の鳴き声で「誘い鳴き」とよばれ、この時コオロギはメスに求愛をしている。さらに「キリキリキリ」と短く強く鳴くのは、他のオスが近づいてけんかをしている状況にあり、「争い鳴き」とよばれている。知識をもって耳を澄ませると、秋の夜がもっと楽しくなる。時には聞きなれない声が混じっていることもある。「スイッチョ、スイッチョ」と短く鳴くのがハタケノウマオイであることを学んだのは、今年の秋の収穫の1つでもあった。

朝になり窓を開けると、川向こうの稲穂が風に揺れ、「サラサラ」という乾いた音が味わい深い。庭木の上からシジュウカラのよく通る「ツピツピツピ」という声が聞こえてきた。白い頬と黒いネクタイのような模様が特徴であるこの鳥は、他の野鳥と群れて生活している(混群)。秋から冬にかけは、エナガやメジロ、ヤマガラなどのカラ類と、10~20羽の混群でいることも多い。

昨年のNHK番組「ワイルドライフ」でも紹介されていたが、鳥の鳴き声に関する研究において世界をリードする京都大学の鈴木俊貴博士の研究グループが、シジュウカラの鳴き声に、単語や文章、種を越えた言語機能があることを発見し、世界を驚かせた。鳥たちが種ごとに警戒、エサねだり、威嚇の声を出し、コミュニケーションをとっていることは知られていて、鳥たちは、それらの声に対して決まった反応を示す単純なものであると考えられていた。しかし、鈴木博士は、鳴き声の組み合わせを入れ替えると、まったく別の反応を示すことから、何らかの規則や構文があることに気がついたのだ。おそらく20個ほどの単語をもっていて、それを組み合わせて200パターン以上の会話を行っているのではないかという。しかも混群の中では、彼らの文法に則って、初めて聞く他の種の鳴き声からでも、意味を正しく理解しているというから驚きである。シジュウカラは都市の公園や街路樹などでも目にする身近な小鳥だ。秋の日のさえずりに耳を傾けるのはいかがだろう。

今日も診療室では、スピーカーから優しく流れるクラシック名曲と、聞き慣れたスタッフたちの落ち着いた声に包まれ長い時間を過ごしている。秋の特別な音は聞こえないが、私にとってはとても心地よい空間である。

著者浪越建男

浪越歯科医院院長(香川県三豊市)
日本補綴歯科学会専門医

略歴
  • 1987年3月、長崎大学歯学部卒業
  • 1991年3月、長崎大学大学院歯学研究科修了(歯学博士)
  • 1991年4月~1994年5月 長崎大学歯学部助手
  • 1994年6月、浪越歯科医院開設(香川県三豊市)
  • 2001年4月~2002年3月、長崎大学歯学部臨床助教授
  • 2002年4月~2010年3月、長崎大学歯学部臨床教授
  • 2012年4月~認定NPO法人ウォーターフロリデーションファンド理事長。
  • 学校歯科医を務める仁尾小学校(香川県三豊市)が1999年に全日本歯科保健優良校最優秀文部大臣賞を受賞。
  • 2011年4月の歯科健診では6年生51名が永久歯カリエスフリーを達成し、日本歯科医師会長賞を受賞。
  • 著書に『季節の中の診療室にて』『このまま使えるDr.もDHも!歯科医院で患者さんにしっかり説明できる本』(ともにクインテッセンス出版)がある。
  • 浪越歯科医院ホームページ
    https://www.namikoshi.jp/
浪越建男

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