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むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:ゴミ

むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:ゴミ
むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:ゴミ
FIFAワールドカップカタール2022の準決勝「フランスvs.モロッコ戦」を、横目で眺めながらこの原稿を書いている。

日本代表チームが、ドイツとスペインを下して「死の組」といわれたグループEステージを突破した興奮は、日本中の隅々まで広がった。スペイン戦で目にした三笘 薫選手のライン上ギリギリのアシスト「三笘の1ミリ」に、私も歓喜の声をあげた一人である。さらには、日本の躍進を受けた国内の経済効果は163億円にのぼると試算されているから驚きだ。

日本の勝利とともに話題になったのが、試合後の日本人サポーターのゴミ拾いである。たしかに同じ日本人としては、誇らしい行動だとは思う。しかし非難を覚悟してあえて言うならば、このゴミ拾いを国際大会のたびにマスコミが大きく取り上げることが不思議でならない。私の感覚からすれば、試合観戦中に出たゴミを自分たちで拾い上げることなど当たり前で、手を煩わせる時間も限られているし、予想もしなかった難敵となるゴミと対峙することもないだろう。

一方、日常で目にする車道や中央分離帯には、空き缶やゴミの入った袋が投げ捨てられている。そして、ゴミ袋とゴミ拾いトングを持ち、ゴミなどを拾い上げている人は、たいてい決まった顔ぶれである。思いもしないような廃棄物に出会う海岸や山道そして街中でも、ゴミを捨てる心ない人がいる。ゴミを見ても他人事と無視できる人が大多数いて、黙って拾い続ける少数の人がいる。そんな姿を眺めてみると、この日々の少数派の行為が「日本人の美徳」の1つであり、サポーターのゴミ拾いよりも、もっと賞賛すべき行為だと考えてしまうのは私だけだろうか。

毎日診療を終えると、スタッフたちが大きなゴミ袋を引きずるようにしながら、診療所裏にあるゴミストッカーに運ぶ。週3回、業者が一般廃棄物の収集に来て、火曜日には別の業者が、医療廃棄物でいっぱいになった大きな箱を2個、3個と運び出していく。窓からその姿を見るたびに、私たち人間は日々の暮らしでも、仕事でも大量のゴミを出しながら生きていることを実感するのだ。

今年6月、ポルトガル・リスボンで開かれた国連海洋会議で、国連のグテレス事務総長は「思い切った対策を取らなければ、2050年までに海に漂うプラスチックゴミの重量が、魚の重量を上回ってしまう」と危機感をあらわにした。毎朝近くの海岸に足を運び、流れ着くゴミの量を目の前にしていると、その言葉は信憑性が増してくる。

プラスチックの生産量は、2019年には世界全体で4億6,000万トン、リサイクル率はわずか3,300万トン(9%)、廃棄されている3億5,300万トンのうち6,700万トンが焼却されている。埋め立てに1億7,400万トン、管理されずに放出されるのが8,200万トンで、放出されたもののうち600万トンは川や海にあると推察されている。私が海で拾い上げているプラスチックゴミは、その中に含まれる。

波際でゴミを拾い上げ、朝焼けに照らされながら形を変えている雲を眺めていると、よく宇宙ゴミ(スペースデブリ)のことが頭に浮かんでくる。ほとんどが「人工衛星の破片」である宇宙ゴミは、10cm以上のものが約2万個、それより小さいゴミも含めると1億個以上あるといわれ、秒速7~8km(ちなみに戦闘機のスピードは秒速0.68~1.02km)で周回しており、1cmに満たないサイズの宇宙ゴミであっても、衝突時に凄まじい威力を生じることは、想像にかたくない。人間の出すゴミはすでに地球の隅々、地球周囲の宇宙にまで広がっているのだ。

12月、椿の咲き始めた診療所の東側にある椿畑に出かけると、曲がりくねった山道の分岐部に、ハイキングの休憩用ベンチが設置されている。そこには「ゴミを捨てるな!! イノシシでもごみはすてないヨ!!」という立て看板が設置されているのを見て、思わず爆笑した。たしかにイノシシはゴミを捨てないが、ゴミを拾うことはない。人間はゴミを拾える。自分たちの出すあらゆるゴミへの対応を真剣に考える責任があるように思うのだが……。

著者浪越建男

浪越歯科医院院長(香川県三豊市)
日本補綴歯科学会専門医

略歴
  • 1987年3月、長崎大学歯学部卒業
  • 1991年3月、長崎大学大学院歯学研究科修了(歯学博士)
  • 1991年4月~1994年5月 長崎大学歯学部助手
  • 1994年6月、浪越歯科医院開設(香川県三豊市)
  • 2001年4月~2002年3月、長崎大学歯学部臨床助教授
  • 2002年4月~2010年3月、長崎大学歯学部臨床教授
  • 2012年4月~認定NPO法人ウォーターフロリデーションファンド理事長。
  • 学校歯科医を務める仁尾小学校(香川県三豊市)が1999年に全日本歯科保健優良校最優秀文部大臣賞を受賞。
  • 2011年4月の歯科健診では6年生51名が永久歯カリエスフリーを達成し、日本歯科医師会長賞を受賞。
  • 著書に『季節の中の診療室にて』『このまま使えるDr.もDHも!歯科医院で患者さんにしっかり説明できる本』(ともにクインテッセンス出版)がある。
  • 浪越歯科医院ホームページ
    https://www.namikoshi.jp/
浪越建男

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