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むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:24時間

むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:24時間
むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:24時間
黄砂到来がニュースとなった週末、大阪までの交通機関や駅は人々で溢れていた。外国人観光客も多く、人波の中にはマスクのない顔がチラホラ浮かんでいて、それが川下へと流れる瓜を連想させた。

用事を済ませ、時間を気にしながら馴染みの店に足を運ぶと、フェースガードもマスクもない店主の笑顔が迎えてくれた。カウンター席のいちばん奥に案内されると、隅にはサインボールが置かれ、壁には直筆サイン付きの「侍JAPAN」のユニフォームが掛けられていた。大谷翔平選手のユニフォームに感嘆の声を上げながら、飾られるまでの経緯を聞くことになった。

WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)2023で、「侍JAPAN」が世界の頂点に上り詰めるまでの7試合には、数々の劇的な一撃や瞬間があった。そしてそのたびに日本列島は興奮と歓喜に包まれたのである。店主が他の客と他の話題で盛り上がっている傍らで、私はユニフォームを見ながら勝敗を分けたシーンを思い出していた。チームの精神的支柱となったダルビッシュ有選手の立ち振る舞い、準決勝のメキシコ戦での吉田正尚選手の同点ホームランと大谷選手が2塁上からベンチにいる仲間を鼓舞する姿、村上宗隆選手のサヨナラ打など、酒の肴には十分過ぎる内容だ。

そして終着点は、決勝のアメリカ戦の最終回でリリーフに立った大谷選手が、先頭打者を出しながら併殺で2アウトをとり、アメリカチームのキャプテンで世界一の野手と呼び声高いエンゼルスの同僚マイク・トラウト選手を、渾身のスライダーで打ち取ったシーンとなる。優勝が決まった瞬間、キャップとグローブを投げる大谷選手は、全身で喜びを表していた。漫画以上のストーリーだと皆が口にした。

“リアル二刀流”で出場し、オールラウンドな活躍を見せる大谷選手を、MLB実況・解説者が「ユニコーン(Unicorn)」と表現する。“神話に登場する一角獣で実在しない生き物だが、そこから転じて人々が夢見るような現実離れした存在、滅多に目にすることのできない人物を意味する。「彼は『ユニコーン』でスーパーヒーロー、漫画のキャラクターです。彼がやっていることは、現実には起こりえないことだ」と類い稀な才能に脱帽し、「ユニコーン」という言葉を使っているのだ。

ダルビッシュ選手がインタビュー動画の中で、「大谷くんはすごいですよ。でも打率や二刀流については驚かない。僕がすごいと思うところは、彼の“裏の部分”ですね。才能がすばらしいのはもちろんですが、それにプラスがある」と言っている。大谷選手のすごさは“習慣”にあり、感心するだけに留まらず見習う必要があると力説しているのだ。トレーニングの組み立てや食事、栄養、睡眠などに至るまで、野球が上手くなるためのストイックな生活を24時間繰り返していることに、まず目を向けるべきだと言っているのである。

しかし好きなことが仕事になったとしても、私のような凡人には、自分自身を律しながら24時間を繰り返し生活することはとても難しい。たとえば健康を望む私自身や患者の生活習慣を見ても、あの日あの時に誓った決意は簡単にもろく崩れ去ることが多い。三日坊主どころか一日坊主(24時間坊主)という言葉の方がぴったりかもしれない。24時間という単位を積み重ねていくことは、とにかく難しいものである。

先日衝撃的な出来事があった。予約表を覗き込むと、患者さんの名前の下に「泥棒が入れ歯を盗んでいった?」というコメントが添えられていた。その患者さんからの電話を受け取った受付スタッフによると、「入れ歯ではなく、私の歯を泥棒が盗んでいったので警察にも届けた」と言ったらしい。結局う蝕で歯が折れて残根状態になっていたのだが、う蝕が絡む似たような出来事に時々遭遇する。

当然こうなると、自制生活などというレベルではなくなってしまう。そしてそのたびに、う蝕予防に関しては本人の置かれた状況に関係なく、24時間その恩恵に浴せるフロリデーションという施策を思い出す。大谷選手やダルビッシュ投手など、WBCに出場していた選手の多くは、今日もこのフロリデーションが実施されている生活環境に生きている。

その日の帰路、深夜のプラットホームに立っていると、ソフトドリンクを手に談笑している若者たちのグループに目が留まった。何気なく聞いていると、話題は友人やSNSの内容から大谷選手のことに移っていった。私は目の前の若者たちの24時間の食生活について尋ね、大谷選手たちがいるアメリカでのフロリデーションについて話したい気持ちが湧いてきた。

もうすぐ次の24時間が始まる。大切にしたい。

著者浪越建男

浪越歯科医院院長(香川県三豊市)
日本補綴歯科学会専門医

略歴
  • 1987年3月、長崎大学歯学部卒業
  • 1991年3月、長崎大学大学院歯学研究科修了(歯学博士)
  • 1991年4月~1994年5月 長崎大学歯学部助手
  • 1994年6月、浪越歯科医院開設(香川県三豊市)
  • 2001年4月~2002年3月、長崎大学歯学部臨床助教授
  • 2002年4月~2010年3月、長崎大学歯学部臨床教授
  • 2012年4月~認定NPO法人ウォーターフロリデーションファンド理事長。
  • 学校歯科医を務める仁尾小学校(香川県三豊市)が1999年に全日本歯科保健優良校最優秀文部大臣賞を受賞。
  • 2011年4月の歯科健診では6年生51名が永久歯カリエスフリーを達成し、日本歯科医師会長賞を受賞。
  • 著書に『季節の中の診療室にて』『このまま使えるDr.もDHも!歯科医院で患者さんにしっかり説明できる本』(ともにクインテッセンス出版)がある。
  • 浪越歯科医院ホームページ
    https://www.namikoshi.jp/
浪越建男

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