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むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:1.5℃

むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:1.5℃
むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:1.5℃
夏空の青は、年々眩しさを増しているように思う。

梅雨が明け切らないうちから、診療室での患者さんとの会話には、枕詞のように殺人的ともいえる暑さについての言葉が添えられている。熱中症対策のために水分補給をくり返しているためか、あるいは「呑気症」なのか、胃に膨満感を感じ、げっぷの頻度が多いように思われた。

毎年1月には人間ドック・健康診断コースを受診しているが、「上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)」だけは、信頼している内科医のもとで行うことに決めている。十数年前「上部消化管X線検査(バリウム)」を受けしばらくすると、「要精密検査」という結果が送られてきた。身内の眼科医に相談すると、その医師が勤務する総合病院の非常勤医師を勧められた。「本人が昼ごはんを抜いてでも検査をするほど内視鏡検査が好きみたいだし、上手いと思うよ」という言葉に、すぐに予約を入れることにした。そしてそれ以来、ずっとお世話になっている。

ところが、今年はどういうわけか内視鏡検査を受けないまま、気づくと半年が経過していた。少し不安を抱えながら検査の予約をするために、いつもの総合病院に電話を入れた。受話器の向こうで「〇〇先生はもう診療には来られていません」という言葉を聞き、「そうですか」と電話を切った。「十二指腸潰瘍の瘢痕」や「異所性膵」、「ピロリ菌除去治療」などを、別の内科医に細かく伝えること自体が非常に億劫に感じられた。なんといっても内視鏡検査が上手く、検査後に私は「毎日受けても大丈夫」と笑っているのだ。その時ふと、私の診療室に定期的に長く通われている患者さんの多くは、歯科衛生士たちを信頼し、同じような気持ちを抱いているのだろうと想像した。

結局、その内科医が常勤している病院を確認し予約を入れることにした。午前中の診療を早めに切り上げ、猛暑のなか車を走らせ駐車場に車を止め受付に辿り着いた時には、体が熱せられたように感じられていた。受付で額の表面体温を測定すると「38℃」と表示され、私も受付も驚いた。「暑いですか。しばらく涼んでもう一度計りましょう」と言われ、3分後には「37.1℃」、5分後には「36.5℃」となり、無事内視鏡検査は実施された。

特に異常がないことが伝えられた途端、胃の辺りの膨満感があまり気にならなくなったことに、苦笑しながら帰路についた。ところが翌日から今度は本当の発熱が始まった。検査で新型コロナウイルス感染陰性だったので、解熱剤を服用しどうにか診療は続けると週末となった。土曜日の午後、そして日曜日は、ベッドの傍に体温計と解熱剤、経口補水液を置き、熱との戦いに突入した。

38℃を超えると悪寒と倦怠感が増してくる。その数値は私の平熱プラス「1.5℃」、体温計に表示された数値を見ていると、地球温暖化対策においてつねに繰り返されている「温暖化を摂氏1.5℃以下に抑える」という言葉が浮かんでくる。

世界年平均気温上昇「1.5℃」の数値は、気候システムが不可逆的に大規模な変化を起こす「臨界点」の1つだと言われている。科学者たちは、「1.5℃」という閾値を超えると、人間、生物、生態系が被る気候変動の影響がはるかに過酷なものになると警鐘を鳴らしてきた。

今年3月、国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」は温室効果ガスの排出をこのまま継続すると短期のうちに、世界の平均気温の上昇は1.5℃に達することが推察される」とし、大幅な排出削減対策の必要性を強調する報告書を9年ぶりに公表した。国連グテーレス事務総長は「過去半世紀の気温上昇率はこの2000年でもっとも高い。二酸化炭素の濃度は少なくとも200万年ぶりに高い。気候変動の時限爆弾は刻々と進んでいる」と警告した。さらに事務長官は7月末「地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰化の時代が到来した」と、各国に気候変動対策の強化を求めている。

今朝の朝刊には7月の世界平均気温が16.95℃となり、1940年の観測史上、月平均で最高になったと記されている。気温1℃の違いが命取りになる足元の外温動物(冷血動物)は気温の変化を敏感に感じ取っているだろう。身近で起こる異常気象の増加を見て「1.5℃」のもつ重要性を理解できない人がいるだろうか。

地球温暖化に、短時間、短期間で効果が現れるような解熱剤など存在しない。

著者浪越建男

浪越歯科医院院長(香川県三豊市)
日本補綴歯科学会専門医

略歴
  • 1987年3月、長崎大学歯学部卒業
  • 1991年3月、長崎大学大学院歯学研究科修了(歯学博士)
  • 1991年4月~1994年5月 長崎大学歯学部助手
  • 1994年6月、浪越歯科医院開設(香川県三豊市)
  • 2001年4月~2002年3月、長崎大学歯学部臨床助教授
  • 2002年4月~2010年3月、長崎大学歯学部臨床教授
  • 2012年4月~認定NPO法人ウォーターフロリデーションファンド理事長。
  • 学校歯科医を務める仁尾小学校(香川県三豊市)が1999年に全日本歯科保健優良校最優秀文部大臣賞を受賞。
  • 2011年4月の歯科健診では6年生51名が永久歯カリエスフリーを達成し、日本歯科医師会長賞を受賞。
  • 著書に『季節の中の診療室にて』『このまま使えるDr.もDHも!歯科医院で患者さんにしっかり説明できる本』(ともにクインテッセンス出版)がある。
  • 浪越歯科医院ホームページ
    https://www.namikoshi.jp/
浪越建男

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