最近発表された「令和4年歯科疾患実態調査結果の概要」によると、乳歯齲歯のない乳幼児の割合は以下の通りでした。 1歳(被検児14人):92.9% 2歳(被検児15人):100% 3歳(被検児19人):100% 4歳(被検児10人):100% 5歳(被検児17人):82.4% 被検児数が少な過ぎる印象がありますが、前回の調査「平成28年歯科疾患実態調査」からの推移で驚いたのは、4歳児のカリエスフリー者率が前回64.0%から100%に急上昇していたことでした。この調子で、5、6年先の次回の歯科疾患実態調査では、5歳児もほぼ100%近いカリエスフリー者率かもしれません。 日本の乳幼児の齲蝕の実態がこのように劇的に改善された反面、よく聞くのが、ごく一部の子どもたちは多くの齲蝕を持っているという格差の広がりです。そういう子どもたちは、家でフッ化物配合歯磨剤を使った仕上げ磨きもしてもらえていない、食事も規則正しくなく、安価なソフトドリンクやジャンクフードを与えられっぱなしだという事情があるようです。 一足お先に子どもたちの齲蝕の減少が始まった欧米諸国でも、20世紀の終わり頃にそのような齲蝕分布の傾斜分布が問題になりました。2000年に世界保健機関(WHO)の顧問だったスウェーデン・マルメ大学歯学部カリオロジー講座のダグラス・ブラッタール主任教授は、齲蝕の有病率が少なくなった母集団で認められるハイリスク児に関係者が注目するよう、Significant Caries (SiC) Index という指数を提案しました。スウェーデンの国単位のデータでは毎年、このSiC指数も提示されています。 日本の歯科疾患実態調査では、度数分布が表示されないので、SiC指数が計算できないところが残念ですが、同様な齲蝕の傾斜分布が想像できます。こういうハイリスク児を救うために、どうしたらいいでしょうか? 最も有力なものとして挙がるのが、ハイリスク地域にターゲットを絞って、そこで幼稚園や学校でのフッ化物洗口プログラムをすること、つまり、ハイリスク・ストラテジーと母集団ストラテジーのミックスです。家庭で適切なフッ化物の利用や良い食習慣が得られない子どもたちでも集団プログラムなら漏れることがないでしょう(ただし、保護者の同意は必要ですが)。 ところが、私がここで問題提議したいのは、果たして、上述のような4歳児でカリエスフリー者率がほぼ100%という日本の現状でもなお齲蝕がある乳幼児を、齲蝕予防の観点だけで終わって良いのかということです。その子どもたちのためにフッ化物洗口集団プログラムを推進するよりも、もっと個別に危機的な認識を持つ必要があるのではないでしょうか。 予防歯科が進む北欧では、保護者が子どもを歯科メインテナンスに連れて行かず、催促状にも応じないと虐待(ネグレクト)とみなされます。日本でも以前から一人で多くの歯に齲蝕を持つ子どもと虐待(ネグレクト)との関連性が示唆されています(「被虐待児の口腔内状況調査」平成14年東京都調べ)。つまり、歯が「炭鉱のカナリア」として警鐘の役目を果たし(低フォスファターゼ症を歯の異常で早期発見する場合にもこの表現を使いました! https://d.dental-plaza.com/archives/6107 )、子どもの虐待の早期発見に繋がる可能性があります。平成31 年3月19日の児童虐待防止対策に関する関係閣僚会議で取りまとめた「児童虐待防止対策の抜本的強化について」にも、歯科医師の関与が盛り込まれています。 ゆくゆくは、北欧のように齲蝕が発症する手前の状態である歯科メインテナンスに連れて行かないというだけで虐待(ネグレクト)だとみなすほどに深刻になってほしいのですが、まず、第一歩として、1.5歳児検診や3歳児検診で齲窩が認められたら、保護者に生活全般に関して勧告したり、行政が察知するという視座の拡大を望みます。 <参考文献> 厚生労働省. 令和4年歯科疾患実態調査結果の概要 https://www.mhlw.go.jp/content/10804000/001112405.pdf 厚生労働省. 平成28年歯科疾患実態調査 https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&toukei=00450131&tstat=000001104615&result_page=1 桜井充「児童虐待の早期発見に歯科の力を!」ザ・クインテッセンスVol. 38 No. 6 p. 29-3, 2019. Kvist T, Annerbäck EM, Dahllöf G. Oral health in children investigated by Social services on suspicion of child abuse and neglect. Child Abuse Negl. 2018 Feb;76:515-523. doi: 10.1016/j.chiabu.2017.11.017. Epub 2017 Dec 30. Bradbury-Jones C, Innes N, Evans D, Ballantyne F, Taylor J. Dental neglect as a marker of broader neglect: a qualitative investigation of public health nurses' assessments of oral health in preschool children. BMC Public Health. 2013 Apr 19;13:370. doi: 10.1186/1471-2458-13-370. 児童虐待防止対策に関する関係閣僚会議. 児童虐待防止対策の抜本的強化について https://www.mhlw.go.jp/content/000496811.pdf
著者西 真紀子
NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長・歯科医師
㈱モリタ アドバイザー
略歴
- 1996年 大阪大学歯学部卒業
- 大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
- 2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
- 2001年 山形県酒田市日吉歯科診療所勤務
- 2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修了 Master of Dental Public Health 取得
- 2018年 同大学院修了 PhD 取得
- NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP):
http://www.honto-no-yobou.jp
https://www.instagram.com/psap_2018/
https://www.facebook.com/yobousika
https://twitter.com/makikonishi