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むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:モヤモヤ

むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:モヤモヤ
むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:モヤモヤ
雲の形が秋の訪れを告げていた9月上旬、隣県での大学同窓会に招かれ瀬戸大橋を渡った。数年ぶりに会う同窓生たち、なかには30数年ぶりに顔を合わせた後輩もいて、お互いの姿には過ぎ去った月日がにじみ出ているように思われた。

若い同窓生の活力の満ちた声は、少し酔いの回った脳には心地よい。学生時代には毎日、学部・大学病院へと続く坂道を登り、同じ講義室で共通した教官に学び、似たような悩みを抱えていた日々が、時間というトンネルを通った後でもシンパシーを呼び起こす。

会話が弾むにつれて、新設学部で自由な雰囲気に溢れていた母校、坂の街での思い出がよみがえってくる。当時、社会人に比べると責任のない大学生といえども、友人に話せる悩みや、話せない問題、心配も抱えながら生きていた。多分、友人や後輩たちも同じだろう。ところが今になると、パワハラとして問題になるような指導教官から受けた対応さえ、笑顔を浮かべながら話している。

繰り返し沸き起こる笑声、グラスの中でだんだん小さくなっていく透明で滑らか氷を見ていると、「ヒトの記憶装置は、過去の出来事をそのまましまい込むのではなく、将来への展望に沿って、一部は消去され、別のものが新たに挿入されるのだ」という言葉がよみがえってきた。「ヒトは明るい未来を想像することによって、困難を乗り越え生き延びてきた」、たしか作家で精神科医である帚木蓬生(ははきぎ・ほうせい)氏の著書の中で出会った文章だと記憶していた。ラストシーンが強く印象に残っている、同氏の書かれた『閉鎖病棟』のストーリーを思い浮かべていると、若い後輩がビールの入ったグラスを手に隣を陣取った。

翌朝、瀬戸大橋線の列車内に響く単調なリズムの中で瀬戸内海を眺めていると、昨夜思い出した言葉が、本当に帚木蓬生氏のものだったのかと気になり出した。そして帰宅すると、真っ先に診療室の書庫に駆け込み、その言葉が書かれた本を探し始めた。いつものパターンである。

『閉鎖病棟』はすぐに見つかったが、目的の本は見つからない。本のタイトルに関する記憶もあやふやなことが大きな要因だと気づき、ネットで検索をした。書名は『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』とわかり、ネットで注文すると、モヤモヤはすぐに解消された。

本が届いた翌日、仕事が終わりテレビのスイッチを入れると「迷っていいんです 注目されるモヤモヤする力」という番組が放映されていた。私たちは小学校から大学、大学院試験、就職試験では、問題の解決能力を調べられる。答えが用意されている問題に対して、できるだけ迅速に正解を出す能力が試されるため、学校の教育では問題解決能力の習得に力が注がれている。

ところが瞬時に答えを求めることとは真逆の概念、帚木氏のタイトルである「ネガティブ・ケイパビリティ」=すぐに解決できない事態に結論を急がず、焦らず、耐えていく力:モヤモヤする力」が今注目されているのだ。番組の中では「モヤモヤする力」が、医療、教育、ビジネスなどで広く活用が進んでいて、斬新なアイデアを生み出す可能性が紹介されていた。仕事でも、人生の中でもテキパキ部分・時間とモヤモヤ部分・時間を大切にすることが望ましい。短期主義、効率主義に陥ったことが、環境問題やその他の社会問題も生み出していると解説されていた。あらためてこの本の1ページ目からめくっていった夜になった。

それから2日後、院内の書庫で他の書籍を探していると、突然本の山から数年前に買った『ネガティブ・ケイパビリティ』が顔を出した。実は同じような出来事はよくあり、モヤモヤの後まったく同じ本が本棚に2冊並ぶことになる。探し物タイムの気持ちもモヤモヤと表現はするが、仕事や人生で迷い悩んでいる時のモヤモヤとはまったく違う。

著者浪越建男

浪越歯科医院院長(香川県三豊市)
日本補綴歯科学会専門医

略歴
  • 1987年3月、長崎大学歯学部卒業
  • 1991年3月、長崎大学大学院歯学研究科修了(歯学博士)
  • 1991年4月~1994年5月 長崎大学歯学部助手
  • 1994年6月、浪越歯科医院開設(香川県三豊市)
  • 2001年4月~2002年3月、長崎大学歯学部臨床助教授
  • 2002年4月~2010年3月、長崎大学歯学部臨床教授
  • 2012年4月~認定NPO法人ウォーターフロリデーションファンド理事長。
  • 学校歯科医を務める仁尾小学校(香川県三豊市)が1999年に全日本歯科保健優良校最優秀文部大臣賞を受賞。
  • 2011年4月の歯科健診では6年生51名が永久歯カリエスフリーを達成し、日本歯科医師会長賞を受賞。
  • 著書に『季節の中の診療室にて』『このまま使えるDr.もDHも!歯科医院で患者さんにしっかり説明できる本』(ともにクインテッセンス出版)がある。
  • 浪越歯科医院ホームページ
    https://www.namikoshi.jp/
浪越建男

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