Dental Life Design

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むし歯の少ない町の歯科医師の日常
シーズン2:水鶏(くひな)

2020/6/12 デンタル〇〇デザイン

午前中の診療が終わり医局前の廊下を歩くと、窓の向こうに広がる水稲が緑を増し始めていて、さえずるように風になびいていた。稲は田植え後、植え痛みで幾分黄色みを帯びる。稲の成長過程を思い浮かべながら「次は分げつ期だな」と呟いてみても誰も聞いていないのはわかっている。階段を上り二階の窓から四方に連なった水田を見下ろすと、山に囲まれた眺望のなか、稲の影が水面に揺れ、水に写った空の青色の上を雲が横切っていく。なんとも美しい。

ある日の昼食後、本を片手にくつろいでいると、突然「クォン クォン クォン ‥‥コココ‥」という鳥の声が耳に飛び込んできた。声の主は近くにいる、そう確信し、急いで屋外に出て川の向こうの草むらをしばらく観察していたが、姿は確認できなかった。

午後の診療途中で医局前の窓の外に目をやると、草むらに接する水田の中に声の主、ヒクイナが姿を表した。ヒクイナは、古くは単に「水鶏(くひな)」とよばれ、夏の季語として古典文学にもたびたび登場する。連続して戸を叩くようにも聞こえる独特の鳴き声は、一度聞けば必ず印象に残る。

その夜、カエルの合奏をバックに鳴き声が響き渡り始めた。その声を聞いていると突然昔読んだ吉田兼好『徒然草』の中に、水鶏という言葉と挿絵があったことを思い出し、夜中にもかかわらず本棚をかき混ぜ始めた。古典文学を避けるように受験勉強をした私だが、唯一目を通したことのある古典は『徒然草』だけなのである。案の定、いつものように探し物はなかなか見つからない。早朝ようやく見つけ出したが読み始めると止まらない。鎌倉時代末期に書かれた随筆には、現代にも通じる真理・教訓がたくさんちりばめられていて、結局診療開始時間までページをめくることになった。

その後家族に、「中学生や高校生に『徒然草』に興味をもてというのは酷かもしれないよ。この年になって読むと共感、理解できることがたくさんある。ずっと人間は変わっていないのかな」と話しかけると、期待どおりの返答がきた。そこで私は、スタッフたちには何かの機会にその内容を上手く伝えてみたいと画策を始めている。初夏の鳥の声は、想像すらしていなかった大きな贈り物を運んでくれたように思う。

新型コロナウイルスの感染拡大が続くと、緊急事態宣言は全都道府県に拡大された。ゴールデンウィークを迎えると、県外ナンバーの車と観光客に占拠されていた「父母ヶ浜(ちちぶがはま)」には、新型コロナ感染予防のために「立入禁止」の看板が立てられ、警備員が配置された。私は人影のない風情ある本来の浜の姿を撮り残す絶好の機会到来と、診療を終えると毎日カメラを首に掛け、スマホを片手に浜周辺の歩道を歩きながら写真を撮るのが日課となっていた。

夕日の色、それに染まる雲の色や形、潮溜まりに移る空の色、刻々と変化する情景に感動しながらシャッターを切る。人が入らない砂浜には、シギの群れが餌をついばみ、波が残した砂紋とスナガニの巣穴、その周辺の砂団子がそのままの形で残されている。人が踏み込まない自然の姿は美しい。時々「いい写真は撮れましたか」と話しかけてくるアマチュア写真家もいて、お互いの写真を見せあいながら会話が弾む。

しかし、残念なことに「立入禁止」の立て看板の横に続くスタンドを移動させ、強引に侵入しようとする人々もいた。私は思わず「この漢字読めます?」と皮肉交じりに話しかけてみた。多くの人々は何も言わず立ち去るのだが、中には屁理屈を並べたて、どうしても夕日を背にジャンプした写真を撮りSNSに投稿し、自己満足に浸りたいという若者もいる。彼らには、自然がもたらす真の絶景美や足元の生き物たちの姿に目を向けることなど無理なのかもしれない。

私は今日も、赤く染まる浜辺に行っては、喜びや悩みを抱えながら吉田兼好のメッセージを思い出している。鎌倉や南北朝時代、夕日が沈む浜を世人はどんな気持ちで眺めていたのだろう。一羽の鳥の声が、私を700年前の人々に繋げたことが不思議でもある。