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むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:出会い

むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:出会い
むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:出会い
1月下旬の休診日の午後、学校歯科医を務める小学校に足を運んだ。この時期は、卒業前の6年生を対象にした喫煙防止教育の講話が年間行事の1つとなっている。20年ほど前、地元中学校が少し荒れていた時期だったと思う。中学校から小学校に「タバコを吸う中学生がいる。中学生よりも素直な小学生時代の方がタバコの害について教えるのは効果的ではないか」との提案があったと聞いている。そして、それ以降私がその講師役を引き受けている。

いつものように準備が整えられた教室のドアを開くと、真剣な眼差しに包まれた。教壇で「よろしくお願いします」という一斉唱和を聞いた後、モニターに写真や図などを写しながら解説を加えると、あちこちで驚嘆の声が上がっていく。

今年は特に印象的な出来事が2つあった。1つは講話の前に「タバコを吸う家族がいる人は手をあげて」と尋ねると、半数以上の子どもたちが手を上げたことだ。そしてその数の多さに教師たちからは驚きの声が上がっていた。どうやらタバコの害について真正面から学んでほしい大人がまだまだたくさんいるらしい。

もう1つは口腔内写真を映し出した時に起きた。子どもたちの間でざわざわと声が広がると、1人が手を挙げ「先生、その歯に詰めたり、被せたりしている銀色のは何ですか」と質問した。その瞬間、私と教師たちは目を合わせ、この子どもたちはむし歯の経験がないことが当たり前で、金属が口腔内にあること自体が驚きなのだということを認識した。

集団応用フッ化物洗口の効果により私たちの町は、子どものむし歯の少ない町として評価されている。開始から28年経ちフッ化物洗口2世代目になると、口の中の状況も私たちの世代とはずいぶん違う。これは私が大学時代、ある恩師との出会いがもたらした誇るべき成果だと心の中で微笑んだ。

そして毎年喫煙防止の講話が終わると、最後に必ずこう話している。「最初の一本を吸わないことがいちばん大切。タバコを吸っている人のほとんどは、止めたいと思っているけどやめられない」「あなたたちは、これから中学生、高校生となり、さらにたくさんの人と出会い、友だちにもなっていく。もし友だちからタバコを勧められても、僕・私は吸わないと断ればいい。それで怒ったり、仲間外れにするような人とは本当の友だちにはなれないよ」。それでも、友人に勧められたとタバコを吸い始める未成年者がいる。

診療所は30年目を迎え、歯科衛生士が書き留めるサブカルテの厚さが時間の重みを伝えるようになっている。最近それを手に取り、長年定期的に通院している患者さんに「〇〇さん、真面目に通院くださってありがとうございます」ということがある。すると「私は、先生や歯科衛生士さんに出会えてよかったです。そのおかげで歯が守られてきました」という言葉が返ってくることも多く、それは私にはもちろん歯科衛生士たちにとってこれ以上ない褒美なのだ。

人々が生涯を通じて口の健康を守るうえで、どのような歯科医師や歯科衛生士に出会うかという要因は、大きな比重を占めているようにも思う。どの医院を選択するか、提示される情報や方針を受け入れるかは、患者さん側が最終決定するということを考慮しても、私たち専門家は期待に応える努力が必要だ。

一昨年には衝撃的な出来事があったことを思い出した。幼稚園から中学校まで集団応用フッ化物洗口を続けた若者が、大学を卒業して地元で就職したと久しぶりに来院した。口腔内を覗き込んだ途端に自分の目を疑った。臼歯16本すべてに、適合が良くない修復処置が行われていた。想像するに、少し着色のある歯質をすべてむし歯だと説明し、真面目な彼は言われるままに通院したのだろう。私は不適合な補綴装置を外しながら、歯科衛生士に「何のためにフッ化物洗口をしてきたのかわからなくなるなぁ……」と溢すと、悲しい表情を浮かべながら大きく頷いた。彼の人生の中で、処置をした歯科医師との出会いをどう位置づけるべきなのだろう。

家人からは「あなたは出会いに恵まれている」と指摘される。然りである。私の人生は、かけがえのない友人たちや恩師、医院のスタッフたちそして家族との出会いでできあがっている。今日も机の上に置かれた、待ちに待った中島みゆきのコンサートチケットを眺めている。「出会い」を巧みに綴る彼女の歌声を聞ける日を心待ちにしている。

著者浪越建男

浪越歯科医院院長(香川県三豊市)
日本補綴歯科学会専門医

略歴
  • 1987年3月、長崎大学歯学部卒業
  • 1991年3月、長崎大学大学院歯学研究科修了(歯学博士)
  • 1991年4月~1994年5月 長崎大学歯学部助手
  • 1994年6月、浪越歯科医院開設(香川県三豊市)
  • 2001年4月~2002年3月、長崎大学歯学部臨床助教授
  • 2002年4月~2010年3月、長崎大学歯学部臨床教授
  • 2012年4月~認定NPO法人ウォーターフロリデーションファンド理事長。
  • 学校歯科医を務める仁尾小学校(香川県三豊市)が1999年に全日本歯科保健優良校最優秀文部大臣賞を受賞。
  • 2011年4月の歯科健診では6年生51名が永久歯カリエスフリーを達成し、日本歯科医師会長賞を受賞。
  • 著書に『季節の中の診療室にて』『このまま使えるDr.もDHも!歯科医院で患者さんにしっかり説明できる本』(ともにクインテッセンス出版)がある。
  • 浪越歯科医院ホームページ
    https://www.namikoshi.jp/
浪越建男

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