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むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:空き家

むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:空き家
むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:空き家
木曜日の午後、再び白衣に着替えると学校歯科医となっている小学校に向かうために車に乗りこんだ。空っぽの駐車場を斜めに横切り、出口での左右確認をすると勢いよく右側へとハンドルを切った。その時、左側の隣接する空き家を取り巻く塀の内にある白い車の残像が残っていた。20メートルほど進んだ道路の路肩に車を止め、バックミラーを覗き込むと不動産業者と工事関係者らしい人影が、玄関ドアを開けて何やら話し込んでいる。

心の中でチャイムが鳴った。Uターンして駆け寄って「もしかして売ります?」と問いかけると、スーツ姿の女性の口元から「はい」という言葉が返ってきた。数年前、お世話になっている業者をつうじて、この土地の所有者に売却の意思を確認したが、答えは「ノー」ということだったので、交渉はそのまま打ち切りとなっていた。

空き家の土地、それに隣接する農地も併せての購入することになったが、最重要課題は駐車場を拡大するための空き家の解体である。長く閉め切られていた空き家の玄関と窓を開け放ち、防塵マスクをして内部を確認するとピアノやビリヤード台などの家財道具はもちろん、多種多様で大量の荷物が居座っていた。人が生活していくと家屋とその中に多くの物品が遺されていく。ゴミとして廃棄するにはあまりにももったいない物もあり、さてどうしたものかと考えた。

買取業者に連絡すると、ピアノは1万円で引き取られた。試しにとリサイクルショップにC Dを73枚持ち込むと、1時間待った後、支払いトレーには100円玉が1個のせられていた。また、帰り際にショップの張り紙の「ポケモンの指人形 1個50円で買い取ります」という文が目に止まったので、翌週大量に持ち込むとたしかにその金額が支払われた。その額はピアノの買取額よりも高く、「物の価値とは何だろう」と不思議な気持ちがわいてきた。

昨年の総務省の調査によると、全国の空き家の数は過去最多の900万戸になったらしい。そしてその増加は止まらない。四国に目を向けると高知県、徳島県、愛媛県の「放置空き家」は、総住宅数の12.9~12.2%ということなので、私たちは毎日空き家とともに生活をしているといっても過言ではない。

地元の父母ヶ浜に押し寄せる観光客を目当てに、市内では古民家を改装し、飲食店や宿泊施設がつぎつぎとオープンしている。道路沿いに「空き家買い取ります」という看板も見かけるようになり、今回購入した空き家にも賃貸や買取の話があったと聞いている。しかし、この観光ブームを利用した動きはどこまで空き家対策に有効なのだろう。

国が2008年あたりから、空き家対策に乗り出してはいるものの「子が相続を持て余す」という実情が透けてみえる。そこには解体費用の負担や固定資産税の優遇処置なども絡んでいる。人口減少が進むなかで、空き家問題は地方でも都市でもさらに深刻化することは明らかである。

母親が一人暮らしをしている実家の家屋は築130年以上経っており、彼女が住まなくなると空き家となる。使用建材は今の時代では貴重なものらしい。しかし残されているお宝にはなり得ない家財や物品の処理まで考えると「子が相続を持て余す」という言葉を実感できる。十数年前には実家の敷地内に立つ古びた納屋が倒壊しそうだということで解体したが、かなり高額な出費となった。それでもほぼ自然素材から作られていた年季の入った器具や家財、建物は分別の手間も少なく短期間のうちに解体作業が終了した。「何かお宝は出てきたか」と母親に尋ねると「大きな鍋が出てきたよ」と笑う言葉を聞きながら、物は少なく自然素材が望ましいことを再認識したのだった。

駐車場に姿を変えつつある土地に立ち、ふと空き家の並ぶ街の道端にはどんな花が似合うだろうと考えた。すぐに浮かんだのは庭石菖、春の陽の下で白色と紫色の花が風に揺れる姿は閑麗である。

著者浪越建男

浪越歯科医院院長(香川県三豊市)
日本補綴歯科学会専門医

略歴
  • 1987年3月、長崎大学歯学部卒業
  • 1991年3月、長崎大学大学院歯学研究科修了(歯学博士)
  • 1991年4月~1994年5月 長崎大学歯学部助手
  • 1994年6月、浪越歯科医院開設(香川県三豊市)
  • 2001年4月~2002年3月、長崎大学歯学部臨床助教授
  • 2002年4月~2010年3月、長崎大学歯学部臨床教授
  • 2012年4月~認定NPO法人ウォーターフロリデーションファンド理事長。
  • 学校歯科医を務める仁尾小学校(香川県三豊市)が1999年に全日本歯科保健優良校最優秀文部大臣賞を受賞。
  • 2011年4月の歯科健診では6年生51名が永久歯カリエスフリーを達成し、日本歯科医師会長賞を受賞。
  • 著書に『季節の中の診療室にて』『このまま使えるDr.もDHも!歯科医院で患者さんにしっかり説明できる本』(ともにクインテッセンス出版)がある。
  • 浪越歯科医院ホームページ
    https://www.namikoshi.jp/
浪越建男

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