フッ素と炭素の結合を持つ有機化合物である、ペルフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物(Per and Poly fluoroalkyl substances: PFAS)が話題になっています。撥水剤、消火剤、コーティング剤などに用いられており、環境中で分解されにくく、蓄積性が高い物質です。そのため、「フォーエバーケミカル」や「永遠の化学物質」とも呼ばれます。 発がん性のリスクはアスベストやタバコと同じレベルに指定されています。他に肝障害、ワクチン反応を含む免疫応答の変化、甲状腺機能障害、脂質代謝の異常、インスリン調節への潜在的な影響、生殖および発達への影響、骨密度の低下などの健康関連の悪影響と相関があるとされています。 時々、齲蝕予防に用いられるフッ化物製品(歯磨剤や洗口剤など)は大丈夫かと患者さんから聞かれることもありますが、これは無機化合物であって、PFASとは関係ありません。しかし、他に物性向上のためにデンタル製品(フロス、テープ、ナイトガード、ホワイトニングトレイなど)にPFASが使われている場合があります。それらは大丈夫でしょうか? Massarskyら(2024)は、ナイトガード2種類とホワイトニングトレイ2種類についてPFASの口腔内曝露に実質的に寄与するかどうか、また、これらの製品の廃棄時にPFASが溶出することも評価しました。結果として、ナイトガードからPFASが検出されたものの、健康上の懸念を引き起こす可能性は低く、廃棄物の環境に対する影響もごくわずかであることが示されました。よって、24種類の検査により人または環境にとってPFASの重要な曝露源となるものではないと結論付けられています(注:この論文には利益相反があります)。 一方、Boronowら(2019)は、特定のブランドのフロスを使用していることと、血清中のPFAS濃度との関連を示唆しました。この研究結果に対し、米国歯科医師会(American Dental Association: ADA)はデンタルフロスの安全性について「不当な懸念 unwarranted concern」を呼び起こすものであるとして、現時点の証拠に基づいて懸念の必要はないと見ています。その理由として、単一の研究結果であること、178人の女性という小規模なサンプルであること、様々な消費者製品や食品の自己報告使用を合わせていること、製品使用の自己報告を含む後ろ向き研究であることが挙げられています。 また、British Dental Journalのレターでもこの論文についての意見のやり取りがありました。まず、デンタル製品は特に口腔組織を通じてPFASが吸収または摂取される可能性が高く、血流に入り蓄積する可能性があるため、PFASを含む特定のデンタルフロスの使用に対する懸念があり、患者さんは知らされていないのではという警鐘の内容のレターがあり(Kataria, 2023)、それに対し、ADAの見解を引用しながら反論するレターが掲載されています(Sahni, 2023)。今後の情報更新に注目したいです。 参考文献 World Health Organisation. Water Sanitation and Health https://www.who.int/teams/environment-climate-change-and-health/water-sanitation-and-health/chemical-hazards-in-drinking-water/per-and-polyfluoroalkyl-substances Massarsky A, Parker JA, Gloekler L, Donnell MT, Binczewski NR, Kozal JS, McKnight T, Patterson A, Kreider ML. Assessing potential human health and ecological implications of PFAS from leave-in dental products. Toxicol Ind Health. 2024 Mar;40(3):91-103. doi: 10.1177/07482337231224990. Epub 2024 Jan 3. Boronow KE, Brody JG, Schaider LA, Peaslee GF, Havas L, Cohn BA. Serum concentrations of PFASs and exposure-related behaviors in African American and non-Hispanic white women. J Expo Sci Environ Epidemiol. 2019 Mar;29(2):206-217. doi: 10.1038/s41370-018-0109-y. Epub 2019 Jan 8. Florida Dental Association. ADA Statement on Study Involving Dental Floss – Beyond the Bite https://blog.floridadental.org/2019/01/14/ada-statement-on-study-involving-dental-floss/ Kataria S. Toxic ties. Br Dent J. 2023;235(9):669-70. Sahni V. Insufficient floss data. Br Dent J. 2023;235(12):915.
著者西 真紀子
NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長・歯科医師
㈱モリタ アドバイザー
略歴
- 1996年 大阪大学歯学部卒業
- 大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
- 2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
- 2001年 山形県酒田市日吉歯科診療所勤務
- 2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修了 Master of Dental Public Health 取得
- 2018年 同大学院修了 PhD 取得
- NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP):
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