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むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:サルも木から落ちる

むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:サルも木から落ちる
むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:サルも木から落ちる
5月末、朝から大きな雨粒が叩きつけるように降っていた。雨樋から溢れ出る雨水の音と川を駆け下る水の音を背に、銀色の雨の海で踠くように揺れる欅の姿を窓から眺めながら午前中の診療を終えた。

昼休み、早朝に読みかけていた新聞を手に取ると、突然スマホのアラーム音が鳴り響き、豪雨による災害・避難情報が知らされた。メッセージに町の一部に避難勧告が出されたことが示されると、地球温暖化の影響で近年特に雨の降り方が変わったことを再認識させられた。

そもそも、私の住む香川県仁尾町は雨量が全国平均の約半分で、日照時間も長いことが知られていた。そのため私が大学生の頃、サンシャイン計画(1974年に発足した日本の新エネルギー技術研究開発についての長期計画、1993年ニューサンシャイン計画としてリニューアルするも2000年に終了)により太陽熱発電所が作られ、1981年8月6日には、世界初の1,000キロワット級の本格的発電に成功している。その後、出力が計画値を下回ったこと、費用対効果の問題などで技術開発は中断されたが、「他国が太陽熱発電に注力している」、「あのまま続けていれば間違いなく世界一になっていた」という記事を読むと、近年の強風と豪雨に耐えているタワー集光型発電装置を想像してしまう。

そして激しい雨音の中で響くけたたましいアラーム音は、私の中に「サルも木から落ちる」という言葉も思い起こさせた。地球温暖化によって、世界各地でひょう・洪水・竜巻・猛暑などの異常気象が頻発している。猛暑が続くメキシコでは、東南部の熱帯雨林で野生のサルがあいついで木から落下し、絶滅危惧種のホエザルが重度の脱水症状などで、少なくとも138匹死んでいるのが見つかったとの報道を耳にしたせいだろう。サルだけではない私たちの身近な生き物たちも例外なく悲鳴をあげている。

とにかく地球温暖化の影響を身近に感じる。そして温暖化により私たちの生活を支える生物多様性は危機にある。利便性や経済的利益を追い求める身近で勝手な活動、行動さえも、小さな生き物の生存の危機もたらしている実例はけっして少なくない。ただその生き物の存在すら知らない人に気づけと言っても無理な話だが……。

インスタ映え写真で有名になった父母ヶ浜は、太陽熱発電所が建てられていた塩田跡地に隣接している。ちょうど2年前の今頃、某有名製薬会社がこの浜でCM撮影を行った。混乱を避けるためだろう、人気の男女5人からなるロックバンドのボーカルが訪れることが周辺にも漏れることはなかった。その日の早朝、日課のゴミ拾いのために浜に足を運ぶと、鉄板が浜の中心に設置され、大型重機が海浜植物を薙ぎ倒しながら浜に侵入し、入口に停車していた。

そして重機により浜で唯一のハマエンドウの群生は壊滅的な被害を受けていた。許せなかった。私は土木事務所の担当者に電話をかけ、ハマエンドウの群生のこと、さらになぜあんな愚行を許したのかと質問した。電話に出た担当者は「手押し車のようなものを浜に入れる」と報告を受けたので許可したと言った後、「すぐに見に行きます」と電話を切った。

「今さら撮影の中止はできないし、スタッフも大勢来ていてお金を落としてくれる……」という趣旨の発言をする観光関係者もいたが、私の目から見ると論外の主張でしかない。その後、ハマエンドウは復活したように思われたが、今年はまだわずか3株しか確認できない。私たちの身の回りでは、こんなことが繰り返されながら今日も貴重な生き物たちが姿を消しているのだ。

頭に浮かんだ「サルも木から落ちる」ということわざの意味は、「名人でもたまには失敗する」ではなく、「危険が迫っている状況、危急存亡」を表すことわざへと変わっても不思議ではない。それは私たち人類の活動がもたらしたものだ。

著者浪越建男

浪越歯科医院院長(香川県三豊市)
日本補綴歯科学会専門医

略歴
  • 1987年3月、長崎大学歯学部卒業
  • 1991年3月、長崎大学大学院歯学研究科修了(歯学博士)
  • 1991年4月~1994年5月 長崎大学歯学部助手
  • 1994年6月、浪越歯科医院開設(香川県三豊市)
  • 2001年4月~2002年3月、長崎大学歯学部臨床助教授
  • 2002年4月~2010年3月、長崎大学歯学部臨床教授
  • 2012年4月~認定NPO法人ウォーターフロリデーションファンド理事長。
  • 学校歯科医を務める仁尾小学校(香川県三豊市)が1999年に全日本歯科保健優良校最優秀文部大臣賞を受賞。
  • 2011年4月の歯科健診では6年生51名が永久歯カリエスフリーを達成し、日本歯科医師会長賞を受賞。
  • 著書に『季節の中の診療室にて』『このまま使えるDr.もDHも!歯科医院で患者さんにしっかり説明できる本』(ともにクインテッセンス出版)がある。
  • 浪越歯科医院ホームページ
    https://www.namikoshi.jp/
浪越建男

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