今年のMLBワールドシリーズは、ドジャース対ヤンキースという夢のカードが実現した。そして、にわかMLBファンも含め日本人の99%は、大谷翔平選手が活躍するドジャースを応援していたと思う。初戦のフレディ・フリーマンの逆転サヨナラ満塁ホームランで勢いづいたドジャースが4勝1敗でワールドチャンピオンになり、連日ワイドショーなどでも大谷選手の笑顔が映し出されていた。 私は時間さえあれば現地のヤンキー・スタジアムで観戦するほどコテコテのヤンキースファンであり、ヤンキースを応援していた1%に属する。非常に残念なのは、第5戦の出来事である。エース投手であるゲリット・コールの圧倒的な投球によって、ドジャース打線をまったく寄せ付けなった。キャプテンのアーロン・ジャッジのホームランもあり、4回終了時点で5対0とリードを保っていた。第6戦、うまくいけば日曜日には第7戦をゆっくり観戦できると目論んでいた。 ところが5回表、なんでもないセンターフライをジャッジが落球し、エラーの連鎖が始まり、結局ドジャースの勝利となった。そしてジャッジは、ヤンキースファンやニューヨークのマスコミからの痛烈なブーイングに晒された。敗戦後のインタビューにていねいに応える表情が痛々しい。そしてジャッジのSNSは閉鎖された。ワールドシリーズに辿り着くまでの活躍を考えれば、そこまで痛烈に非難することは酷というものだ。個人種目なら本人の責任ということで片付けられたのかもしれないが、チームとして戦う競技では、敗戦の理由を特定の選手に見つけ出そうとすることは珍しくない。 ジャッジの沈痛な表情を見ながら、私は50年以上前の競泳大会のことを思い出していた。小学4年生あたりから毎夏学年別の小学校の自由形の代表として地区大会、郡市大会への出場を続けていた。そして悪夢は6年生になったリレー競技で起こった。私は第3泳者であり、いつものように第2泳者が到達するのを飛び込み台の上で待っていた。タッチを確認して飛び込むことは当たり前、意識しなくてもそれまで一度も失敗することはなかった。にもかかわらず第2泳者の手に注目していると、どういうわけか飛び込み台から落下した。フライングである。後で指摘されたのだが、他のチームとの差を考えれば引き返し、一度プールの壁面を触れ泳ぎ出しても抜かれることはなかったのである。残念ながらパニックに陥っていた私にはそんな余裕はなかった。当然チームは失格となり、次の大会には進めないことになった。チームの他の3人や先生たちは何も言わなかったが、落胆ぶりは雰囲気でわかった。 大会会場から学校へ戻るバスの中では、終始うつむき言葉を発することはできなかった。家に帰ると、いつもは大会の結果を自慢げに話してきたが、この年は生返事に終始し、結局両親にもフライングという失敗を報告できなかった。翌日から個人種目の練習には参加したものの、同級生たちを直視できずにいた。悪夢を引きずりながら数日が過ぎた頃、クラス担任に呼ばれて、「繰り上がりで3位に入ったチームが棄権するので、次の大会に参加できることになった」と聞かされた。なんらかの忖度がはたらいたことは間違いないが、小学生の私にとってはとてつもない救いであった。 私たちはチーム医療の中にいる。ある精神科医の本を読むと、生きていく限り「やらかしちゃったな」と思うことはだれにでもあり、やらかさないと学べないことはたくさんある。つまり「気にしなさんな」と書かれている。とはいうものの失敗を気にせず生きることは、非常に難しく思う。私の性格が影響するのかもしれないが……。 落ち込んだ気持ちの中でいつも思い浮かべるのは、中島みゆきの『時代』という曲の「そんな時代もあったねと いつか話せる日が来るわ あんな時代もあったねと きっと笑って話せるわ だから今日はくよくよしないで 今日の風に吹かれましょう」というフレーズだ。 ジャッジの「あの落球は一生忘れない」というコメントを読みながら『時代』の歌詞に似た曲も米国にはあるだろうとも考えた。とてつもない悪夢であったことは間違いないが、ジャッジのさらなる活躍に期待したい。
著者浪越建男
浪越歯科医院院長(香川県三豊市)
日本補綴歯科学会専門医
略歴
- 1987年3月、長崎大学歯学部卒業
- 1991年3月、長崎大学大学院歯学研究科修了(歯学博士)
- 1991年4月~1994年5月 長崎大学歯学部助手
- 1994年6月、浪越歯科医院開設(香川県三豊市)
- 2001年4月~2002年3月、長崎大学歯学部臨床助教授
- 2002年4月~2010年3月、長崎大学歯学部臨床教授
- 2012年4月~認定NPO法人ウォーターフロリデーションファンド理事長。
- 学校歯科医を務める仁尾小学校(香川県三豊市)が1999年に全日本歯科保健優良校最優秀文部大臣賞を受賞。
- 2011年4月の歯科健診では6年生51名が永久歯カリエスフリーを達成し、日本歯科医師会長賞を受賞。
- 著書に『季節の中の診療室にて』『このまま使えるDr.もDHも!歯科医院で患者さんにしっかり説明できる本』(ともにクインテッセンス出版)がある。
- 浪越歯科医院ホームページ
https://www.namikoshi.jp/