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コラム

むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:色

むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:色
むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:色
人々の審美的欲求が高まっていることを日々実感している。歯科においてもその流れは顕著で、患者さんの口から「ホワイトニング」という言葉などは普通に語られる。専門家の目からは、より自然な歯の色が理想だと思うのだが、時としてとにかく「白さ」にこだわりすぎる人がいる。

昨今の保険改定により臼歯部に白い補綴装置が装着される機会が増えると、「銀歯でなくてうれしい」と喜ぶ患者さんが少なくないことは、色への関心の強さの表れかもしれない。

たしかに現在の歯科治療では、咬合力に耐えられて、しかも天然歯と同じような色調を回復できる審美的にすぐれた材料が登場している。しかしその最終的な出来映えは、それを提供する歯科医師や歯科技工士の力量に依存していることを、すぐれた歯科医師の症例から実感することが多い。

私が患者さんの口腔内に初めて装着した補綴装置はゴールドクラウンだった。それは30数年前になる。臨床実習で先輩の担当患者を引き継ぎ、治療計画どおりに診療を進め、いよいよ最終補綴装置の作製となった。そして、その時点で患者さんから強い希望が告げられた。上顎犬歯にアクセントとしてゴールドクラウンを入れてほしいという。ゴールドの輝きには、人を魅了する美しさがあるとはいうものの、申し訳ないがどう考えても私にはその患者さんに審美眼があるとは思えなかった。やんわりと白い歯列の魅力を伝えてみたが、笑った時にチラリ(キラリかも)と見えるゴールド色にこだわっていた。結局、ゴールドクラウンを装着したが、犬歯に金属冠を作製したのはそれが最初で最後となった。

一昨年だったか、だれかの書かれた新聞のコラムの中に、上下前歯12本すべてにゴールドクラウンが入っていたという話を見つけたが、それを読んだ時には真っ先にこの患者さんのことが思い出された。

午後の診療室で上顎犬歯に白いクラウンを入れていると、ふとあのゴールドクラウンと「色」という漢字が浮かんできた。窓の外に目をやると、春の気配を感じさせる緑が美しい。そこでスタッフたちに「植物はなぜ緑色なの?」と尋ねてみた。周りにそんな質問をする子どもはいなかっただろうか。そもそも私たちは特別な生活環境にないかぎり、植物の緑を目にしない日はない。それどころか人々は、緑がつくり出す眺望に心の安らぎを求めようと遠出までする。たとえ生命力に満ちた緑に囲まれたとしても、あえてこの「素朴な問い」を思い浮かべる人などいないかもしれないが……。

その私の問いにスタッフの1人が、「葉緑体が……」という言葉を口にした。もしかしたら子どもの図鑑か、はるか昔に受けた理科の授業を思い浮かべたのかもしれない。その言葉どおり植物の葉の中には葉緑体があり、その中にはクロロフィル(葉緑素)という色素がたくさんあるので、全体が緑色に見えるのだ。植物は水と二酸化炭素を原料にして光合成を行い、生きるための糖分を作り出している。わかりやすくいえば、葉緑体という工場内のクロロフィルという装置が実際の光合成を行っているということである。

しかし、残念ながら「葉緑体」という言葉だけでは、私が期待した答えのレベルには達していなかった。太陽の光はさまざまな色(波長)が混ざっている。クロロフィルは波長の短い青色と波長の長い赤色を吸収し利用する。中間にある緑色の光は光合成には利用されずに反射されるので、私たちの目には葉は緑色に見える。ここまでが私の求めた答えである。

四季のある日本に暮らす私たちは、さまざまな色に囲まれて生きている。青い空を見上げたり、赤い夕焼けを見送ったりする時でさえも、その色が生まれてくる原理を知っていれば、目の前に広がるその瞬間の色彩がより愛しくなるようにも思える。

初春の空の下、診療所を取り囲む雑草の上を歩いていくと、緑の中にてんとう虫が留まっていた。「真っ赤」とつぶやく。落葉樹の枝の芽吹きに軽く触れながら、秋になれば「紅葉はなぜ赤くなる?」という質問を投げかけてみようと考えた。

著者浪越建男

浪越歯科医院院長(香川県三豊市)
日本補綴歯科学会専門医

略歴
  • 1987年3月、長崎大学歯学部卒業
  • 1991年3月、長崎大学大学院歯学研究科修了(歯学博士)
  • 1991年4月~1994年5月 長崎大学歯学部助手
  • 1994年6月、浪越歯科医院開設(香川県三豊市)
  • 2001年4月~2002年3月、長崎大学歯学部臨床助教授
  • 2002年4月~2010年3月、長崎大学歯学部臨床教授
  • 2012年4月~認定NPO法人ウォーターフロリデーションファンド理事長。
  • 学校歯科医を務める仁尾小学校(香川県三豊市)が1999年に全日本歯科保健優良校最優秀文部大臣賞を受賞。
  • 2011年4月の歯科健診では6年生51名が永久歯カリエスフリーを達成し、日本歯科医師会長賞を受賞。
  • 著書に『季節の中の診療室にて』『このまま使えるDr.もDHも!歯科医院で患者さんにしっかり説明できる本』(ともにクインテッセンス出版)がある。
  • 浪越歯科医院ホームページ
    https://www.namikoshi.jp/
浪越建男

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