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アメリカ視察に見る睡眠歯科の最新動向について

アメリカ視察に見る睡眠歯科の最新動向について
アメリカ視察に見る睡眠歯科の最新動向について
3Dプリンターをはじめとしたデジタル機器の導入や、睡眠と栄養の関係に着目したアプローチなど、「DENTISTRY TOKYO SINCE 1925 MIYACHI SHIKA」の宮地舞先生は、生活全体を支える包括的なケアとして睡眠歯科を実践されています。そんな宮地先生に、今年(2025年)前半に訪問されたアメリカ視察の中で得た気づきや展望、そして睡眠歯科のトレンドについて伺いました。


3Dプリンターの普及に伴い、広がる可能性

-- 今年前半にアメリカ各地を視察された目的を教えてください 当院ではこれまで口腔内装置(Oral Appliance)を用いた治療のみならず、栄養や生活リズムといった患者さんの生活全般へのアプローチを含めた睡眠歯科の治療を心がけてきました。今回は睡眠歯科への関心が高いアメリカの最新事情を確認したいと思い、ロサンゼルス、フィラデルフィア、ニューヨークを巡り、新たな知見に触れてきました。 -- ロサンゼルスには宮地先生が学ばれたカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)があります。現地では、どのような学びがありましたか UCLAやその周辺のクリニックを訪問し、3Dプリンターを用いた技工物製作の活用状況を見学しました。印象的だったのは、口腔内スキャナーで印象したデータを、クリニック内のパソコンで取り込んで設計を行い、自院に設置された3Dプリンターでプリントして患者さんに装着している光景です。作業効率もさることながら、そのスピード感と柔軟性に新たな可能性を感じました。実は当院でも、今回の視察をきっかけに3Dプリンターを導入し、ナイトガードや睡眠時無呼吸治療用の口腔内装置を院内で製作するようになりました。これまで歯科技工所に依頼してから1週間ほどかかっていた製作期間が短縮され、患者さんの症状やライフスタイルに合わせた対応が可能になりました。また、再製作が必要な場合にも、もとのデータを使用し、院内ですぐに再設計、再プリントができるため、通院回数の軽減や患者さんの満足度向上にもつながっていると感じています。 -- 日本ではまだ3Dプリンターの普及がそれほど進んでいない印象です そうですね。導入コストや保険制度との兼ね合いもあり、国内では様子見をしているクリニックが多いように感じます。ただ、口腔内装置を院内で製作できるメリットは大きく、今後は普及していくように思います。 -- 3Dプリンターをはじめとしたデジタル機器が、睡眠歯科にどのような変化をもたらしているのでしょうか 先ほど触れた作業時間の短縮に加え、例えば、3Dプリンターであれば、印象材や石膏を使用しないため、デジタルならではの正確性や人為的ミスの軽減も大きな利点だと思います。さらに最近では、睡眠をモニタリングできるウェアラブルデバイスが注目されています。リング型や腕時計型などのタイプが登場し、睡眠中の酸素飽和度の変化や、体の動き、睡眠の深さといった情報の“見える化”が簡便化されたことで、患者さん自身が自分の睡眠状態をデータで把握できるようになりました。こうしたデジタル機器の普及は、治療への納得感や行動変容にもつながるものと感じています。

睡眠歯科と審美歯科の親和性とは

-- アメリカでの睡眠歯科に対するニーズは、現在どのような状況なのでしょうか 睡眠歯科をクリニックの治療メニューとして取り入れる歯科医院が増えているように思います。特に今回の視察では、審美歯科に注力しているクリニックでその傾向が強いように感じました。例えば、オーガニック素材を使ったホワイトニングなどを提供しているクリニックを訪問したのですが、そこでは睡眠に関連したサプリメントや睡眠グッズを活用した取り組みも行われていました。審美歯科や美容の領域は睡眠歯科と親和性が高いことをあらためて感じています。 -- どのようなところに親和性を感じられたのでしょう 歯並びを整えたり、歯をきれいにしたりすることは、よく噛めるといった機能面の改善に加え、他者との交流が増えたり、笑顔が自然と多くなったりと、生活そのものにポジティブな影響をもたらします。そうした変化が日中の活動に自信を与え、「もっときれいになりたい」「もっと健康になりたい」といった前向きな気持ちも引き出されやすくなります。そして、充実した活動や自己肯定感は良質な睡眠を後押しし、さらに睡眠の改善が日中の生活の質を底上げする−−そうした好循環が生まれやすい点に、審美歯科と睡眠歯科の相性の良さを感じました。

米国摂食・嚥下学会にて、 睡眠時無呼吸と摂食嚥下障害の関係をテーマにしたポスター発表に参加

--フィラデルフィアでは“Dysphagia Research Society 2025”に参加されたと伺いました はい。今年3月にペンシルベニア州フィラデルフィアで開催された「DRS(Dysphagia Research Society)Annual Conference 2025」(米国摂食・嚥下学会)において、睡眠時無呼吸と摂食嚥下障害の関係についてポスター発表を行いました。具体的には、脳卒中の回復期において、睡眠障害が嚥下機能の回復にどのように影響するのか、という視点での考察になります。睡眠と摂食嚥下というと、一見、関わりのない領域にも思われがちですが、睡眠時無呼吸は脳卒中のリスク因子です。そして、脳卒中の後遺症として摂食嚥下障害はよく知られています。その一方で、脳卒中患者の約80%が睡眠時無呼吸を合併しているとする報告もあります。現時点では明確な因果関係はわかっていませんが、私自身は脳卒中患者の睡眠時無呼吸に対する適切な評価と対応の重要性に注目しています。脳卒中の回復期において、睡眠時無呼吸を見落としたままでいると、睡眠時の酸素の取り込みが不十分となり、神経や筋肉の回復に悪影響を及ぼすおそれがあります。逆に、適切に対処することで、摂食嚥下機能の回復がスムーズに進む可能性や脳卒中の再発予防の一助になる可能性も考えられます。こうした切り口は、従来の摂食嚥下リハビリテーションの領域ではあまり語られていませんでしたが、臨床の実感として睡眠の質が摂食嚥下機能にも影響していることを以前から感じていたため、今回の発表に至りました。 3月25〜28日の4日間の日程で行われた「DRS(Dysphagia Research Society)Annual Conference 2025」(米国摂食・嚥下学会)。 言語聴覚士や医師をはじめ、様々な職種による講演やポスター発表が行われた。右下は宮地先生のポスター発表前での記念写真。

母校UCLAで、「meditative communication」をテーマに講義

--その後、UCLAでも講義を行われたそうですね UCLAの口腔顔面痛分野における卒後研修コースでは、東洋医学をテーマとした研修で、米国の開業医に対して患者さんとの効果的な関わりについての講義を行いました。私がUCLAのレジデントだった頃、この卒後研修コースの責任者でレジデント時代に担当していただいたDeip先生から、私の患者さんに対する対応が、患者さんに安心感、リラックス感を与える対応であると評価していただいたことがありました。私は日常生活で無意識にコミュニケーションを行っていたのですが、この講演を機にあらためて自身のコミュニケーションを分析したところ、私のコミュニケーションスタイルは、日本人らしいメディテーション的な要素の入ったコミュニケーションであることがわかりました。 --メディテーション的な要素の入ったコミュニケーションとはどのようなものでしょうか 歯科治療、特に睡眠歯科治療の効果を得るためには患者さんが主体的に治療に取り組み、かつ長期継続して治療を続ける必要があります。実際の診療では歯科の器具を使って治療するだけではなく、その人の生活習慣やライフステージに合わせて治療していかなくてはいけないため、患者さんとの関係作りに意識を向け、患者さんと親和的な関係になる必要があります。そのためには、医療従事者自身のマインドセットと、患者さんとディベート的な関わりでなく、ペースを合わせながら、より親和的、リソースフルな状態(治療に有効な状態)へリードしていくことが重要となります。そのようなコミュニケーションには、メディテーション的な要素、日本語で言うと中庸的な要素が必要不可欠であるため、このコミュニケーションの方法を「meditative communication」名付けました。 母校UCLAにて、「meditative communication」をテーマに講義を行った宮地先生。講義では、クリニックの紹介や睡眠歯科を志した経緯について説明された後、宮地先生の考える「meditative communication」について解説された。右下は宮地先生のレジデント時代からのメンターでもあるDeip先生とのツーショット。 --今回の視察を通して、睡眠歯科に関して再認識されたことはありますか 睡眠時無呼吸の治療というと、「呼吸」にフォーカスしてしまいがちですが、実際には栄養や生活リズム、運動など、生活全体を包括的に捉える視点が大切です。それは言い換えれば、歯科は患者さんの生活そのものを支えられる仕事であるということです。実際に「仕事のパフォーマンスがよくなった」「生活の質が向上した」といった声を患者さんからいただくことが多くあります。だからこそ当院では、単に歯を治療するのではなく、患者さんがより良い暮らしを実現できるように、「ウェルビーイング」を支える診療を心がけています。今回の視察を通じて、こうした患者さんの生活全体を見ながら睡眠の改善を目指すという取り組みが、日本における睡眠歯科でも、今後より求められるようになるのではないかとあらためて実感しました。 インタビュイー 宮地 舞 DENTISTRY TOKYO SINCE 1925 MIYACHI SHIKA 歯科医師  <宮地 舞(みやち まい)先生プロフィール> 2015年 東京医科歯科大学(現:東京科学大学)歯学部歯学科卒業 2016年 東京医科歯科大学(現:東京科学大学)歯学部病院第二総合診療部臨床研修修了 2018年 カリフォルニア大学ロサンゼルス校 保存修復学プリセプタープログラム修了 2020年 カリフォルニア大学ロサンゼルス校 口腔顔面痛・睡眠歯科医学専門医コース修了 2020年―現在     DENTISTRY TOKYO SINCE 1925 MIYACHI SHIKA 勤務     歯科成増デンタルクリニック 勤務 2023年―現在     東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 摂食嚥下リハビリテーション学分野 専門医:米国口腔顔面痛学会専門医      米国睡眠歯科医学会専門医 所属学会:日本睡眠学会      日本睡眠歯科学会      日本摂食・嚥下リハビリテーション学会      米国口腔顔面痛学会(American Academy of Orofacial Pain)      米国睡眠歯科医学会(American Academy of Dental Sleep Medicine)      米国審美歯科学会(American Society for Dental Aesthetics) 著書: 『歯科医師のための睡眠時無呼吸治療』 クインテッセンス出版株式会社

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