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むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:りんごの木を植える

むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:りんごの木を植える
むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:りんごの木を植える
「待てよ、大丈夫か?」――。自分の行ったある事項がふと頭に浮かび、気になり出すことがある。そんな場合には確認してみると、思わぬミスが発覚することが少なくない。

年末年始の休暇に突入した日、先延ばしにしていた年賀状にようやく手を伸ばし、紅白の椿の写真を選び、構図を考えプリントアウトした。宛名を印刷しながら、短い言葉を書き加え、輪ゴムで止めた年賀状の束を郵便ポストに投函する頃には陽が傾きかけていた。その後に長い休暇が続くことが、ことさら解放感を高めているように感じられていた。

ところが郵便局からの帰り道、突然年賀状の挨拶文の最後に書いた年号が、「令和7年元旦」になっていたように思い始めた。帰宅しすぐに残った年賀状を確認すると、やはり「令和7年」となっていた。今年最後の大失敗がここで登場したかと、苦笑いを浮かべ反省はするものの、受け取った方はどれくらいの確率でこの誤りに気づくのだろうと考える自分は、やはり変わり者なのだろう。

毎年年末にはたくさんのお歳暮を頂戴している。年によって品が重なることもあるが、大好物が目の前に積まれると誰もが笑みを浮かべるものである。そして今年はそれがりんごであった。私は宛名を書いていない年賀状を手に、この大失敗という現実から少しでも逃れたいと、好物のりんごを求めて医院2階の控室に駆け上った。

水で洗ったりんごを手にすると、必ず浮かべる言葉がある。ドイツの神学者であるマルティン・ルター(Martin Luther)の「たとえ明日世界が終わるとしても、今日私はリンゴの木を植える」という名言だ。未来への希望や、今すべきことへの誠実な取り組み、自分がその実を収穫できなくても、次世代や未来のために行動することの意味を表している。そして年齢を重ねるにしたがい、人としてまた専門職としても、その言葉の重みが増していくように感じている。

この言葉が私の記憶に深く刻まれたのは、東京都知事から衆議院議員に復帰した故・石原慎太郎氏が、国政復帰初の2013年衆議院予算委員会での国会質疑を、「国民への遺言」として語ったことがきっかけである。その時、石原氏は、「これは総理に一つの哲学者としてご記憶いただきたい」と語り始めた。その内容は以下の通りである。

40年前、天才宇宙学者のホーキング博士の講演会に参加すると、一人の学者の質問に対して博士は、全宇宙で地球並みの文明を持つ星は200万個あると答えた。続けて別の人が、実際の宇宙船や宇宙人にこの地球で出会わない理由を尋ねると、「地球並みの文明をもった惑星は非常に自然の循環が悪くなって、宇宙時間でいうと瞬間的に生命は消滅する」と言った。石原氏が挙手し、「あなたの言う宇宙時間の瞬間的というのは地球時間でどれくらいですか」と質問すると、「100年」と答えた。あれから40年経っている。彼の予言が正しいとするなら、あと60年しか地球はもたないと続けた。

さらに海面上昇の影響を強く受けている赤道直下の島々の状況、われわれが経験している異常気象は、通常気象になってきていることを挙げ、G8サミット(主要国首脳会議)で日本の最高指導者ある安倍総理が世界全体に新しい危機感を、正当な危機感を抱かせるスピーチをしてもらいたいと語りかけた。

そして石原氏の友人であり作家の開高 健氏が色紙に好んで書いた、マルチン・ルターに影響を受けたポーランドの詩人・ゲオルグの言葉を紹介した。その言葉が「たとえ明日世界が終わるとしても、今日私はリンゴの木を植える」だった。そして「これは、私たちの愛する子孫に対する責任のささやかな履行だと思うんですが、ぜひ総理、G8でそういう哲学を披露しながら、経済の復興も結構、デフレの克服も結構だけれども、私たちの子孫の生命というものを担保するために、やはりもうちょっと違う意識を持って全体が動かないとだめだぞという警告を発してくださいよ。それをぜひお願いします」と結んだ。りんごをかじっていると、石原氏の声も蘇ってくるように思われた。

令和8年元旦の朝、日の出前に父母ヶ浜に足を運ぶと、いつもの朝にはほとんど見ることのない人影が、北側の砂浜を覆っていた。そこから離れた南側の入口に立つと、海面上昇と強風、大波の影響で護岸が侵食され、最後の大きな岩が今にも崩れそうな状況になっている。「地球温暖化」と呟くと「たとえ明日世界が終わるとしても、今日私はリンゴの木を植える」という言葉がまた頭の中に浮かんでくる。

そして、ゴミを拾い上げる。


著者浪越建男

浪越歯科医院院長(香川県三豊市)
日本補綴歯科学会専門医

略歴
  • 1987年3月、長崎大学歯学部卒業
  • 1991年3月、長崎大学大学院歯学研究科修了(歯学博士)
  • 1991年4月~1994年5月 長崎大学歯学部助手
  • 1994年6月、浪越歯科医院開設(香川県三豊市)
  • 2001年4月~2002年3月、長崎大学歯学部臨床助教授
  • 2002年4月~2010年3月、長崎大学歯学部臨床教授
  • 2012年4月~認定NPO法人ウォーターフロリデーションファンド理事長。
  • 学校歯科医を務める仁尾小学校(香川県三豊市)が1999年に全日本歯科保健優良校最優秀文部大臣賞を受賞。
  • 2011年4月の歯科健診では6年生51名が永久歯カリエスフリーを達成し、日本歯科医師会長賞を受賞。
  • 著書に『父母ヶ浜2000日』(近著)をはじめ『季節の中の診療室にて』『このまま使えるDr.もDHも!歯科医院で患者さんにしっかり説明できる本』(ともにクインテッセンス出版)がある。
  • 浪越歯科医院ホームページ
    https://www.namikoshi.jp/
浪越建男

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