近年、口腔内環境と全身疾患との関係が広く知られるようになりました。この度の対談では、排泄・排便に関して様々な治療や研究、啓発活動を行っておられる矢野雷太先生と、日々医療における課題解決に取り組んでおられる長縄拓哉先生に、医療におけるやりがいや医療とデザインの関係、口腔と消化器官の密接な関わりなどについて、大いにお話しいただきました。
国家公務員共済組合連合会 広島記念病院 消化器センター 外科 消化器外科医 医長 矢野 雷太 先⽣ / 歯科医師・現代美術作家 長縄 拓哉 先生
<矢野 雷太(やの らいた)先生プロフィール>
2004年広島大学卒。2020年、便秘・便もれを治療する「排便機能外来」を開設。急性期から終末期まで伴走できる外科医を目指し、大腸外科診療を中心に、在宅医療のバックアップ入院診療、緩和ケアなどにも注力。
専門分野:消化器外科、特に大腸肛門疾患
広島市内のカフェで、医療の現場から見える様々な社会課題について市民と対話するイベントを開催するなど、多彩な活動を続けている。
<長縄 拓哉(ながなわ たくや)先生プロフィール>
1982 年愛知県生まれの歯科医師(医学博士)であり現代美術作家。2007 年東京歯科大学卒業後、東京女子医科大学病院、デンマーク・オーフス大学での口腔顔面領域の難治性疼痛(OFP)研究を経て、口腔顔面領域の感覚検査器を開発。IADR(ボストン、2015)ニューロサイエンスアワードを受賞。デジタルハリウッド大学大学院在学中。現代美術の特性を応用し、医療や健康に無関心な 人々や小児のヘルスリテラシーを向上させ疾病予防をめざす。
長崎で開催されたワークショップについて
⻑縄:全国の歯学部、歯科衛生士学科、歯科技工士学科の学生で運営しているJDSA(Japan Dental Students Association)という団体から、突然私のInstagramのアカウント宛にDMが来たんです。今回初めて長崎でワークショップを開催するにあたって、今までとは違った取り組みをしたいということで、歯科医師兼美術作家でもある私のところにオファーが来ました。ちょうど大阪・関西万博2025で、「O-MU-TSU WORLD EXPO」のプロジェクトに関わっていたこともあり、「口腔と排泄器官の繋がり」をテーマにした現在美術作品を学生さんと創ることを思いつきました。作品づくりを通して、学生さんにも口腔と排泄器官の繋がりについて考えてもらいたいなと思ったことがきっかけです。『O-MU-TSUプロジェクト』メンバーの皆さんにも声をかけて、矢野先生には実際に長崎まで来ていただきました。
矢野:長崎のイベントでは、実は私はあまり何もすることがなかったんですね(笑)。創作の素材におむつやトイレットペーパーを使う理由付けとして、消化器外科医の私がご一緒することで成立する部分があると言い聞かせて、とりあえず参加して、ただただアシスタントをしていました。ただ、自身の自己紹介の中で、私も外科医でありながら、地域のお祭りに出店するなど病院外での取り組みを行いながら、長縄先生と同じように、今まで全く興味がなかった人に気づいてもらうきっかけづくりに精力的に取り組んでいるという話をしました。
昨年秋に長崎で開催されたJDSA(Japan Dental Students Association)のワークショップでの一コマ。
⻑縄:手応えは正直よくわかりません。でも、おむつを使って歯の造形物を作ったという経験は、学生さんたちもどこかのタイミングで思い出すことはあると思うんです。誰かに話すかもしれないし、もちろん歯科雑誌などに掲載されたりもしているので、記録に残るような形にはなっていると思います。
矢野:歯について私が学生さんに伝えられることは何もありませんでしたが、長縄先生や私との交流を通じて、本業とリンクさせながら外に出て発信できることがあることを、仕事に就いてから思い出してくれればいいなと期待しています。また、排泄について詳しくは知らなくても、診てくれる病院や先生がいることを何かの折に患者さんに伝えてくれることで、医療の橋渡しの役割を担ってくれたら嬉しいですね。
医療の余白を埋める
医療におけるやりがいとは
長縄:矢野先生はよく「医療の余白を埋める」という言葉をお使いになりますが、その真意をお聞かせください。
矢野:医療現場の課題は、医療関係者と行政で話し合って決まっていきますよね。でもそれだと「誰のため」という部分が置いてきぼりなのです。そうなるとそのサービスを受けるべき人が享受できません。そこにギャップがあるので、一つはその隙間を埋めるということを考えています。もう一つは、近年、病院の職員や看護師さんが仕事への意欲や熱意を失ってバーンアウトや早期退職されるということが、いろんな病院で問題になっています。「働き方改革」がダメとは言いませんが、やりがいとしてのプラスアルファがないと、働き続けることは難しいのではないかと思っています。例えば、私が研修医だった頃は、やらなければいけない業務が終わった後に、患者さんの足を洗ってあげたりなど、本当に自分たちが望んでいた看護を提供される看護師さんがたくさんいらっしゃいました。でも今は、業務時間外にそういう行為をしてはいけないことになっていますし、業務時間内に必要なタスクをテキパキとこなすのが、“理想の看護師像”とされがちです。ただ、少し青臭く聞こえるかもしれませんが、患者さんや家族に笑顔になって欲しいということが、看護師さんにとってのやりがいだったはずじゃないかなと思うんです。医療従事者としてのやりがいや喜びを見つけるためには、「業務がNGなら部活としてやればいいじゃないか」ということで、例えば病院内に「足洗い部」をつくってもいいと思うんです。そういうふうに、医療従事者の気持ちと業務のギャップの隙間を埋めることを意識して「余白を埋める」という言葉を使っています。
長縄:なるほど。それで矢野先生も病院内に「医療デザイン部」を作られたのですね。
矢野:あともう一つは、例えばLGBTQなどの性的少数者の方の場合、何か気になる症状があっても病院を受診しづらい状況にあると思うんです。その原因は何なのかを考える必要があると感じています。病院の中にいると、受診した人の困りごとしか見えません。その外側で病院に来にくいと思っている人たちが、なぜ受診しづらいのかを知るためには、病院の外に出て、その人たちと積極的に話すしかないと思って、LGBTQの会に参加してみました。すると「いつもこの人たちはこんな苦しみを味わっているんだ」ということが身に沁みてわかります。この人たちが「なぜ病院を受診できないのか」を病院側が解決していかないと、この人たちには解決できない問題なのです。ですから、この余白を埋めるには私が病院の外に出ていくしかないという思いもあって、それ以来、LGBTQの方々と一緒に勉強会を続けています。このように、余白にはいろんな意味があって、医療を享受できない人や病院に行きづらいと感じている人には、もっとこちらからアプローチしていなかないといけないし、病院で勤務する職員の気持ちをいかに汲み取れるかという部分で、部活を試してみたりしながら、「余白を埋める」という活動を行っています。
長縄:たしかに病院や組織の中に部活のようなものがたくさんあって、「それはこの部活の人が得意なので聞いてみよう」という流れができれば、その病院や組織は強くなると感じました。口腔ケアも得意な人がいても、具体的に誰が得意かというところまで発信できていないことが多いですが、「あの病棟のあの看護師は口腔ケアが得意らしい」という噂が広まれば、困ったときに連絡が来る。そうなるといいですよね。「医療の余白を埋める」という部分では、私は矢野先生とは少し違いますが、比較的取り組む先生が少ない訪問診療や遠隔治療、医療過疎地への医療MaaSのアプローチを行うことで、自分から積極的に外に出て、病院に来れない人を取り残さないように、ということを考えて活動しています。これも一種の「医療の余白を埋める」という取り組みなのかなと思います。
医療とデザインの関係
長縄:先ほど少しお話があった病院内の部活「医療デザイン部」を作られた経緯についてお聞かせいただけますか。
矢野:ある社会課題に対して興味がなかった人に、いかに知ってもらうかという目的で、カフェでイベントの企画を始めるようになりました。その際に、イベントのタイトルをどんなネーミングにするかということは、とても大事なんですね。実は「地域包括ケアシステム」のことを知ってもらいたいのですが、そのままのタイトルでは来てくれないので、「死んでからのこと」というインパクトのあるタイトルにして、関心を集めることを意識しました。グラフィックのデザインは全く得意ではありませんが、トークショーのスライドを作る時も、広告業界の人が読むような本を買って独学で勉強することもあります。その過程で「日本医療デザインセンター」という団体の存在を知って、そこで医療デザインについて学びました。課題解決のために、どんな工夫が必要かをいろんな手法で考えることは、とても刺激になりました。私が勤務する広島記念病院でも、病院でどんな体験を提供できるかという、「ユーザーエクスペリエンス」をもっと追求していきたいと思っています。病院でお祭りに出店した際も、参加してくれたメンバーを「お祭り部」ではなくて、「医療デザイン部」というグループ名にして、幅広く活動できることを意識しました。部活なので全くオフィシャルの組織ではありませんし、仲良し同士が集まっているだけの集団ではありますが(笑)。
口腔は消化器官の始まり
長縄:ところで、矢野先生は大学で口腔内細菌の研究をされたことがあると伺いました。
矢野:はい。広島大学大学院で感染症について学ぶ際に、基礎医学の領域では医学部と歯学部が分かれていなかったんですね。さらに、細菌学教室の教授が歯学部出身の先生だったので、周りは歯科出身の講師や研究生ばかりで、私たちが聞いたこともない口腔内細菌の名前が毎日飛び交ってました。
長縄:口腔内の環境と、排泄や大腸などの消化器官の関連性はどの程度あるものなのでしょう。
矢野:胃がんの原因とも言われるヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)は実は口腔内にも棲んでいます。ですので、口腔内から胃まで下りて行って、そこで定着していることがわかります。また、フソバクテリウム・ヌクレアタムという口腔内の常在菌が大腸がんの発生に関与していたり、あるいは早期癌が進行癌になる過程でフソバクテリウムが関与していることを示唆する研究データが出ています。ですから、クローン病や潰瘍性大腸炎なども、口腔内から腸に下りていった菌が悪影響を与えている可能性があると考えられています。近年、腸内細菌が手軽に調べられるようになって、便を採取して研究している人たちが口腔内細菌についても調査研究を始めているそうです。また、歯で咀嚼できるかどうかで体内に入っていく要素が違ってくるということもあります。唾液のアミラーゼによって消化が始まり、デンプンがある程度大まかに分解されることで、消化器官できちんと分解されていくというプロセスを考えると、まさに「口腔は消化器官の始まり」だと感じますね。
長縄:なるほど、とても深い言葉ですね。飲み物などの液体も咀嚼した方が良いのでしょうか。
矢野:噛まなくても良いと思います。少し横道に外れますが、実はオナラの90%以上は口から入る空気なんですよ。匂いは食べ物や菌が出すガスによるものですが、実際にはほとんどが空気です。そうすると、例えばふっくら炊かれたご飯は、お米の間に空気がたくさん含まれているということですよね。よく噛むことで、空気が抜けてかたまり状になっていくことになります。ゴクゴク喉を鳴らして飲む行為も、実はその6割は空気を飲んでいるというデータもあります。いちばん空気が入らないのはストローを使って飲むことです。ですから、便秘でガスが発生しているのではなくて、空気を飲み込んでいるからなんです。お通じはそんなにないのにオナラがたくさん出る人は、飲み物はストローを使って、食べる時は時間をかけてしっかり咀嚼するように、とアドバイスしています。
長縄:オナラが多いのは何らかの体からのサインなのでしょうか。
矢野:オナラが多いことで問題になることはないと思います。ただ、強烈な臭いのオナラが多く出る人は、出口付近に硫化水素などが含まれる嫌気性細菌が多い可能性があります。
長縄:嫌気性という部分でも、なんだか歯周病菌に似ていますね。
矢野:近いものがあると思います。ですから、とても臭いオナラが多く出る人は、お尻の手前に便がいつも溜まってる可能性があって、出しきれてない人です。
長縄:それはよく言われる「宿便」ということですか。
矢野:医学的には宿便という言葉はありません。確かに便が溜まる現象はありますが、よくCMなどで便が腸に付着して剥がれなくなると言っていますが、そんなことはありません。また、便秘の場合、肛門の手前の直腸に便が溜まっていると勘違いする方が多いのですが、直腸は空っぽな状態が普通です。それより上流に1、2日分くらいの便が移動しているのが普通の状態です。その便が直腸に来ると便意を感じるので、その時はトイレに行って速やかに出してください。直腸に便が溜まっている人は逆に便意を感じにくくなります。空っぽではない状態が普通になると、便意を感じにくくなって、ますます溜めこんでしまうという悪循環に陥ります。
長縄:いろいろ勉強になりました。私たちが普段聞けない貴重なお話をありがとうございます。
インタビュイー
矢野 雷太(国家公務員共済組合連合会 広島記念病院 消化器センター 外科 消化器外科医 医長)/
長縄 拓哉(歯科医師・現代美術作家)