超高齢社会が進行する日本や諸外国において、下顎無歯顎への対応は依然として重要な臨床課題です。日本でも無歯顎者の割合は過去より減少傾向にあるものの、厚生労働省が公表した最新の歯科疾患実態調査(2024年)では、補綴物を1つでも装着している者のうち、70歳以上では依然として全部床義歯装着者が一定割合を占めていました。85歳以上の年齢群では30.7%が全部床義歯を装着していました。同じ年齢群でインプラント装着者の割合は2.3%でしたので、下顎無歯顎者への治療にインプラント補綴はあまり選択されていないことが推察されます。 一方、欧米では2002年に複数国の専門家によるMcGillコンセンサス、2009年に英国の専門家によるYorkコンセンサスが発表されて、下顎無歯顎者への対応は「2本ODが最低基準(minimum standard of care)」であると広く認められるようになりました。時は進んで2022年に公表されたスウェーデンの最新のナショナルガイドラインでは、最も高い推奨度は固定式インプラント補綴、2番目は可撤式インプラント補綴(OD)、そして3番目が総義歯です。ここで固定式インプラント補綴が推奨度の上位にある背景には、咀嚼効率・長期安定性・患者満足度の高さがあるようです。また、スウェーデン特有の事情として予防的歯科受診と近代インプラントの成功の長い歴史や、インプラント治療が保険診療に入っているために費用負担が少ないこともあると考えられます。つまり、四半世紀前にMcGillコンセンサスが発表されて以降、下顎無歯顎者に対応するインプラント補綴でも選択肢が細分化してきているようです。 では、最新の科学的エビデンスはインプラント補綴をどう分類し、それぞれをどう評価しているでしょうか。スウェーデンのナショナルガイドラインでの文献調査が終わった2019年以降に出版されたガイドライン、メタ分析、システマティックレビューを、PubMedにて探してみました。検索ストラテジーは以下の通りです。 (dental implants) AND (edentulous mandible) Filters: Guideline, Meta-Analysis, Systematic Review, Publication Date: 2019–2026 2026/02/23現在で55の文献が上がってきました。それらを参考に、下顎無歯顎に対応する様々なタイプのインプラント補綴をまとめてみました。 ①可撤式(患者自身が着脱可能な補綴装置) 特徴:清掃が容易 侵襲が比較的低い 高齢化後も対応しやすい 義歯の可動性は完全にはゼロにならない 種類:1本インプラント支持OD(2本ほどではないが一定のQOL向上) 2本インプラント支持OD(最も実績豊富で標準) 4本インプラント支持OD(安定性向上、侵襲・コスト増) バー支持OD(連結により固定感が強いが清掃性と管理負担に注意) ミニインプラント支持OD(骨幅制限症例に有効、長期データ不足) *ミニインプラントは直径1.8~2.9mm程度と、通常径(3.5~4mm台)の約半分の太さで、断面積は約1/4 ②固定式(患者自身では取り外せない補綴装置) 特徴:天然歯に最も近い安定感 咀嚼能率が高い 清掃管理が難しい 種類:3~6本固定式ブリッジ(固定式を低侵襲で実現する中間的選択肢) All-on-4(4本のうち後方2本は傾斜埋入) フルアーチ固定式ハイブリッド(人工歯と人工歯肉を一体化) 上記は骨内インプラントですが、その他に、骨吸収高度症例に対して骨膜下インプラントがデジタル技術の進歩により見直されています。 下顎無歯顎に対するインプラント補綴は日進月歩で、1週間ごとに新しいシステマティックレビューが増えるほどのペースの速さです。しかし、現時点でも、2本インプラント支持ODが最もエビデンスと臨床実績のバランスが取れた選択肢といえるでしょう。医療制度や予防文化の変化によっては、将来的に固定式インプラント補綴の位置づけがさらに高まる可能性もあります。情報のアップデートを欠かさず、支持様式、侵襲度、長期管理能力、費用負担、患者のライフステージといった様々な因子を立体的に統合し、科学的根拠に基づいた説明と選択肢提示を行えるよう心がけたいです。 参考文献 Feine J S, Carlsson G E, Awad M A et al. The McGill Consensus Statement on Overdentures. Montreal, Quebec, Canada. May 24-25, 2002. Int J Prosthodont 2002; 15: 413-414. Thomason, J., Feine, J., Exley, C. et al. Mandibular two implant-supported overdentures as the first choice standard of care for edentulous patients - the York Consensus Statement. Br Dent J 207, 185–186 (2009). Nationella riktlinjer: tandvård – Socialstyrelsen https://www.socialstyrelsen.se/kunskapsstod-och-regler/regler-och-riktlinjer/nationella-riktlinjer/riktlinjer-och-utvarderingar/tandvard/ 画像:いらすとや(アバットメント部分は加工して作成)
著者西 真紀子
NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長・歯科医師
㈱モリタ アドバイザー
略歴
- 1996年 大阪大学歯学部卒業
- 大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
- 2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
- 2001年 山形県酒田市日吉歯科診療所勤務
- 2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修了 Master of Dental Public Health 取得
- 2018年 同大学院修了 PhD 取得
- NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP):
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