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むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:情報

むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:情報
むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:情報
桜の花びらが春風に舞っている。小鳥たちの軽やかな囀りに混じり、地面の底を引っ掻くような、カタン、コトンという音が聞こえている。深井戸工事のボーリングマシンのハンマービットが硬い岩盤層と格闘しているようだ。

昨年秋が深まってきた頃、深井戸をもう1つ掘ることを考え始めた。緑に囲まれたスタッフ専用駐車場の一角にある二十数年前に掘った深井戸からは、清涼で良質な地下水が汲み上げられている。診療所の駐車場や庭などの木々は、その水が十分に供給され、長く暑い夏の日差しのなかでも緑を保ってきたのである。

新駐車場に隣接する椿の森には、椿を移植した2年前から自動散水機を設置した。信頼する庭師の勧める最新式の散水システムは、散水時間や曜日などのプログラム設定ができ、さらには湿度も感知して雨の日には作動しないなど、想像していた以上の優れものである。おかげで鉢植えの椿への水やりに汗を流していた夏の日の約2時間が、自由時間に加算されることになった。ちなみに幸福の目安としての自由時間は、1日5時間以内が理想的とされている。多すぎると幸福度が下がるといわれているが、2時間を加算しても5時間を超えることはけっしてない。

夏になり散水機が連日稼働し始めると、水道メーターの検診員が使用料を算出し、その結果を手渡しながら「どこか水漏れはしていないか、確認した方がいい」と付け加えた。請求は驚くほど高額になっていた。しかし答えは明白、椿の森に供給された水の料金である。その対応に加えて、息子から「ビオトープを作りたい」という声をたびたび聞いていたこともあり、深井戸を掘ることを決意した。

早速、以前の井戸工事でもお世話になった会社に連絡し、深井戸工事の見積もりをお願いした。しばらくすると見積書が届いたが、その額に驚いた。前回の工事の2〜3倍の額になっている。すぐにボーリング機器の会社役員をしている友人のことが頭に浮かびメールで連絡をすると、電話で直接アドバイスを受け取ることになった。

彼から伝えられた内容は「すべての工事がそうであるように、ボーリング工事費も信じられないほど高騰している。そのことを考慮しても少し高めだと思う。今の時代、生成AIを使うと、その土地で、どれくらい深さの深井戸を掘るか伝えれば、おおよその金額を提示してくれる。使ってみることを勧める」ということだった。

AIが一瞬にしてまとめた情報をプリントアウトして、翌日委託業社に提出すると、「勉強になります」と社長は微笑みながら資料を受け取った。

世界中で情報が爆発していると言っても過言ではない。さまざまなデジタルサービス普及により便利な時代になっている。あらゆる主体が情報の発信者となり、インターネット上では膨大なデータや情報が流出している。そして真偽不確かな偽・誤情報に踊らされ、取り憑かれてそこから離れられない人々が少なくないようにも思うことがある。

自治体からの委託で3歳児の歯科健診を担当した時の話を思い出した。ある母親にフッ化物配合歯磨剤の使用法を説明し始めると、母親の顔色が変わった。「フッ素は化学物質」「私や子どもも自然、天然の物をとって生きている」「私はフッ素を取ることはありません」と話し始めた。「そうきたか」と思いながら、「そうですか。地球上のすべての飲食物、水にもフッ素(フッ化物)は含まれています。あなたは何を食べ、飲んでいますか。ヒトの構成元素のひとつはフッ素で、その質量は鉄と同じくらい。一度確かな情報を確認してみてください」といい、そこで歯磨剤の話も中断した。後に聞いた話では、この母親は子どもへ接種されるすべてのワクチンも拒否しているらしい。

とにかく、私たちは、健康や医療に限らずすべての分野において、特定の情報を正しく理解・解釈・分析し、活用する能力であるリテラシー(Literacy)が重要視される環境に生きている。さらには、日本人は世界でもっとも「科学」に懐疑的な見方をする国民であるという事実も認識しておくべきかもしれない。確かに信頼のおける専門機関や科学者の提示する情報よりも、自分の好きな芸能人、YouTuber、仲の良い隣人、友人からの情報を信じる傾向にある。

目標とした岩盤までのボーリングが終了した頃、井戸掘り工事によりできあがった小さな池で、ニホンアマガエルの夜の合唱が始まった。さまざまな情報収集に利用されるセンサネットワークに、カエルの合唱法則を通信システムへ応用する研究が行われていることを、思い出しながら近づくと鳴き声が止まる。難しいことは別にして、人が近づいているという情報は提供してくれるので、番犬代わりにはなるだろうか。




著者浪越建男

浪越歯科医院院長(香川県三豊市)
日本補綴歯科学会専門医

略歴
  • 1987年3月、長崎大学歯学部卒業
  • 1991年3月、長崎大学大学院歯学研究科修了(歯学博士)
  • 1991年4月~1994年5月 長崎大学歯学部助手
  • 1994年6月、浪越歯科医院開設(香川県三豊市)
  • 2001年4月~2002年3月、長崎大学歯学部臨床助教授
  • 2002年4月~2010年3月、長崎大学歯学部臨床教授
  • 2012年4月~認定NPO法人ウォーターフロリデーションファンド理事長。
  • 学校歯科医を務める仁尾小学校(香川県三豊市)が1999年に全日本歯科保健優良校最優秀文部大臣賞を受賞。
  • 2011年4月の歯科健診では6年生51名が永久歯カリエスフリーを達成し、日本歯科医師会長賞を受賞。
  • 著書に『父母ヶ浜2000日』(近著)をはじめ『季節の中の診療室にて』『このまま使えるDr.もDHも!歯科医院で患者さんにしっかり説明できる本』(ともにクインテッセンス出版)がある。
  • 浪越歯科医院ホームページ
    https://www.namikoshi.jp/
浪越建男

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