大牟田市動物園で開口訓練をしているゴマフアザラシ。数年前に右下顎犬歯が破折し、腫脹のみならず舌下部からも排膿がみられた。 (図1) 抗生剤や洗浄を繰り返したが、症状の完全消失まで2カ月余り費やしたそうだ。しかし根本的な治療ではないので、体調の低下などにより再発する可能性がある。専門書で調べていたら、同じ仲間であるセイウチの写真の横に「牙や歯、周囲の腫れチェック、歯ぐらい・・と思うことなかれ、歯髄炎は命取りになることもある」と書かれていた。 (~飼育と展示の生物学~海獣水族館 東海大学出版会 2010年) (図2) 実際、某水族館で上顎左側犬歯が破折していたアザラシ。骨格標本を見ると、根尖部の骨が溶け脳頭蓋に達していた。根尖病巣が、死因につながる可能性もある。 (図3) しかし、アザラシは全身麻酔下での処置は難しいという。水中では、水が入らないように鼻の穴を閉じる。そのため長時間、息こらえをすることができる。ヒトの呼吸管理とは、まったく違うのだ。 ちなみに"どの程度、息こらえをするのだろう・・"と思い観察していたら、面白いことに気がついた。鼻の穴は、陸上で昼寝している時も閉じているではないか。そして時々、パカッと開く。 (図4) どうやらアザラシは、水中・陸上ともに閉じているのが基本型。呼吸の時だけ、力を入れて開いているようだ。まさに水中生活に適応した、鼻の穴の開閉だ。 そこで、獣医師から感染根管治療の方法についてアドバイスを求められた。それに答えるためには、アザラシの歯についての知識が必要だ。ゴマフアザラシの歯式は、切歯3/2・犬歯1/1・前臼歯4/4・後臼歯1/1(上顎/下顎)なので片側17本。これが左右にあるので、合計34本の歯を持つ。アザラシの祖先は、イタチの仲間である。水中での生活では、丸のみ食べが増える。当然、歯の形も変わるだろう。これまで動物園や水族館で撮影した写真を探すと、単純化・小型化していることがわかる。 (図5) 次回に続く 前回の記事 動物園の動物達も高齢化 サルの牙の破折と病巣感染
著者岡崎 好秀
前 岡山大学病院 小児歯科講師
国立モンゴル医科大学 客員教授
略歴
- 1978年 愛知学院大学歯学部 卒業 大阪大学小児歯科 入局
- 1984年 岡山大学小児歯科 講師専門:小児歯科・障害児歯科・健康教育
- 日本小児歯科学会:指導医
- 日本障害者歯科学会:認定医 評議員
- 日本口腔衛生学会:認定医,他
歯科豆知識
「Dr.オカザキのまるごと歯学」では、様々な角度から、歯学についてお話しします。
人が噛む効果について、また動物と食物の関係、治療の組立て、食べることと命について。
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