アザラシの根管治療をするためには、歯に関する知識が必要だ。 (図1) さらには歯根の数、それに根尖部の状態、さらには歯軸の方向なども知っておかねばならぬ。アザラシの歯式は、切歯3/2・犬歯1/1・前臼歯(小臼歯)4/4・後臼歯(大臼歯)1/1(上顎/下顎)、これが左右にあるため合計34本の歯を持つ。 (図2) まず、ゴマフアザラシの骨格標本をじっくり観察した。臼歯部を見ると,第1前臼歯は他の臼歯よりやや小さい。第2・3・4前臼歯と第1後臼歯の歯頸部に根の分岐がある。これらの歯は2根なのだろう。下顎骨が小さいため、犬歯はやや唇側に傾斜している。 (図3) 次に、根管治療に先立って撮影したエックス線写真を見せていただいた。下顎犬歯が破折し、腫脹や舌下部からの排膿が見られた時のものである。完全な読影は難しいが、骨格標本と見比べながら推察する。やはり、第2・3・4前臼歯と第1後臼歯は2根のようだ。さらに第3・4前臼歯の根尖付近には、病巣らしき暗影が診てとれる。前歯部は見にくいが、犬歯の歯根は非常に長く、前臼歯の下方に達していそうだ。 (図4) ヒトの下顎犬歯と同じように、治療をすれば穿孔する恐れがある。犬歯の歯根の長さは、どの程度あるのか? さて、アザラシもオットセイも同じ哺乳動物の鰭脚類(ききゃくるい)。アザラシの祖先はイタチの仲間、オットセイはクマの仲間である。 (図5) 両者の体型が類似しているのは、海中での生活に適応したためで、これを“収斂(しゅうれん)進化”と呼ぶ。このような理由から、両者の犬歯も類似しているはずである。ちょうどオットセイの犬歯の写真があった。 (図6) 鰭脚類は、これで海面の氷を割る。そのため歯根は非常に長く根尖が開いている。咬耗に備え犬歯が伸び続けるため閉じないのだ。これでアザラシの犬歯の歯根の概要がわかった。 しかし、次の問題がある。それは獣医師が、感染根管治療を行なった経験がないことだ。きっと根管拡大時に、咬まれたら・・・。リ-マーを口腔内に落としたら・・・と考えられるだろう。 術者が恐いと、患者はもっと恐い。術者の緊張は、すぐに相手に伝わる。さて、どのようにアドバイスをすれば良いだろう? 次回に続く 前回の記事 動物園の動物達も高齢化 アザラシの呼吸
著者岡崎 好秀
前 岡山大学病院 小児歯科講師
国立モンゴル医科大学 客員教授
略歴
- 1978年 愛知学院大学歯学部 卒業 大阪大学小児歯科 入局
- 1984年 岡山大学小児歯科 講師専門:小児歯科・障害児歯科・健康教育
- 日本小児歯科学会:指導医
- 日本障害者歯科学会:認定医 評議員
- 日本口腔衛生学会:認定医,他
歯科豆知識
「Dr.オカザキのまるごと歯学」では、様々な角度から、歯学についてお話しします。
人が噛む効果について、また動物と食物の関係、治療の組立て、食べることと命について。
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