子どものための口腔育成装置「Vキッズ」。この装置を使って子どもの育成に取り組んでいる「ならまちワンネス歯科」は“あなたの心に幸せの種をまく”がモットーの歯科医院です。院長である西塔治(さいとうおさむ)先生に、Vキッズ導入の経緯やそれによる院内や子どもたちの変化、そこから見えてくる現代の子どもたちが抱える問題についてお聞きしました。
ならまちワンネス歯科 西塔治院長
子どもの歯並び治療、いろいろ試したけれど・・・
当院では元々、子どもの歯並び治療については、拡大床しか用いていませんでした。それも昨今、世間で問題になっているような、あまり歯列不正の原因を考えずにとりあえず拡大しておけば良いだろうという感じでやっていたのです。ある時、開咬になってしまった女の子がいて慌てて拡大床の使用を中止し、普段連携している矯正の先生に紹介しました。今考えると舌癖のことを全く考えていなかったとわかるのですが、当時はそんなことすら知りませんでした。
しばらくして歯科界では口腔周囲筋の誤った使い方が歯列不正の原因であるという考えが主流を占めていくとともに、機能的矯正装置と呼ばれるトレーナー(T4K)やマルチファミリーなどのマウスピースとMFTによる対応がなされるようになっていき、当院でもそれを導入したのです。
ところが、これはその類の装置を使われるどの医院でも経験されると思いますが、子どもにとっては異物感が強く、長時間の装着が困難な子どもが多くいるわけです。それに対し我々歯科医やスタッフは「頑張って入れてね」と言うわけですが中々うまくいきません。また装置とともに家庭で行ってもらうMFTも毎日やり続けることは困難です。そうしていくうちに、子どもにもストレスになるし、ガミガミ言う親もストレス、つけられない子どもにつけろと言う我々医院側もストレスになってきて、徐々にやらなくなっていきました。装置自体は優れているのですが、そのシステムはついてくることの出来る子どもは良いけれど、そうでない子どもの方が圧倒的に多いのです。
次に、大塚先生ご考案のプレオルソというマウスピース型矯正装置を導入しましたが、結局同じことで、つまるところ装置の問題ではなかったことが今では分かるのですが、その点については後ほど説明いたします。
「口腔育成」との出会い
そんなある日、次のようなDMに出会ったのです。
「近年子どもたちの成長の劣化は著しく、マスコミ等でも注目されるようになっています。 私たちは、この解決方法について、さまざまな角度から研究分析を行ってまいりました。その結果、口腔育成を基本とした治療法が非常に有効であることがわかってきました・・・・」
本口腔育成の開発者である故・目良誠先生からのものでした。当時、僕は保健所の1,6歳児、3歳児健診において、虫歯はほぼ見られないものの、多くの子どもたちは過蓋咬合であり、姿勢の悪さや子どもがはしゃぐのとは違う落ち着きのなさなどが気になっていましたので、このDMに書かれていることには強く心を惹かれました。すぐに目良先生のセミナーを受講し、今までの概念との違いに一度ではとても理解できず、その後何度もセミナーを受けたり直接メールで質問したりしました。そして徐々に当院でもVキッズをメインに口腔育成を行うようになり3年が経過しましたが、これが本物であることは僕だけでなくスタッフも子どもたちの顕著な変化を見て確信している次第です。一昨年、目良先生が亡くなられてからは僕も講師として口腔育成の普及に携わっています。
「口腔育成」とは?
口腔育成という言葉自体はあちこちで使われており、少し誤解しやすいかもしれませんので、ここで言うところの口腔育成について説明しておきます。口腔とは口唇を閉じた状態で口唇のすぐ内側から咽頭までの空間のことですから、そこを育てるとはすなわち上下の顎骨を育てることになります。育てると書きましたが、“育成”というのは「本来自ら育つものを育つように手助けする」ことであり、装置を使って無理に拡大するわけではありません。口腔を占める大きな軟組織が舌であり、口腔育成とは顎骨が育つことで舌房を確保すること、それはすなわち気道の確保ということになります。栄養より何より大切な酸素の確保が口腔育成の最も大切なポイントです。
過蓋咬合にみられるように多くの子どもたちは口腔内容積が不足しているため、舌房の不足から気道の狭小化を招き、日中は気道確保のためのお口ポカンや姿勢の悪さとして現れ、夜間はもっと直接的な呼吸障害・睡眠障害・成長障害を起こします。最近、小児に限らず乳幼児期からの睡眠の問題が注目を浴び始めていますが、口腔育成もここにフォーカスしています。
口腔機能育成装置「Vキッズ」は、印象模型から作製する下顎に装着するタイプのマウスピースで、厚みは切端咬合+αくらいになります。これ自体には何の矯正力もありませんが、装着した瞬間から口腔内が広がるため子どもたちは楽に呼吸が出来ます。紛失を避けるために原則として夜間の装着なのですが、これが子どもの睡眠時の呼吸を助けるのです。
次に問題となるのは、「では自然な顎骨の成長はどのようにして行われるのか?」ということです。
これに関して、骨の成長は栄養の他には持続的なメカニカルストレスが重要であるとわかっており、顎骨におけるそれは“噛みしめ”しかありません。小児における噛みしめは次の3つが挙げられます。
①咀嚼時の噛みしめ
②運動時の踏ん張りの際の噛みしめ
③睡眠時に行う噛みしめ
ここで持続的という点と、成長ホルモンの分泌という点から、最も顎骨の自然な成長に有効に働いているのは③の睡眠時に行う噛みしめと考えられます。
一般的に噛みしめはネガティブな捉え方をされますが、子どもの睡眠時においては生理的に行われるものであり、これに関しては未だ世間では認識されていないようです。あくまでも噛みしめであり、歯ぎしりではありません。ではなぜ、子どもは睡眠中に“噛みしめる”のでしょうか?
子どもたちが昼間に体験することは、子どもにとっては目新しいことばかりです。これを新奇性といいます。この新奇性が子どもにとって良い意味でのストレスとなり、ストレスリリースとしての噛みしめを特定の睡眠相において行うようです。この噛みしめる力は顎骨だけでなく、頭蓋骨や頸椎以下の体幹にも作用しますので、様々な成長が促されるようになります。重要なのは、本来子どもはその月齢でのあるべき姿に近づくということであり、過度な成長促進効果があるわけではないのです。
さて、現実問題として、今の子どもたちがどれだけの新奇性に毎日出会うかというと、様々な社会状況の中で誠に心細いわけです。また、過蓋咬合に代表される顎骨の劣成長がある場合に、いくら新奇性に満ちていても構造的に噛みしめづらい、噛みしめると余計に苦しくなることが考えられます。後者に関してはVキッズで対応できますが、新奇性そのものに対しては社会状況を変えるのは難しいので、最も手軽で効率的なこととして食育をお勧めしています。
食育と口腔育成
口腔育成における食育とは食で育てるのではなく、食で育つことを目的としています。よくお母さんの悩み事として食べてくれない、というのがありますが、人間は食べなければ死ぬわけですから、そもそも生きる意欲が欠如していると言わざるを得ません。なぜそうなるかというと、空腹でもないのに時間を決めて餌のように食事を“与える”からでしょう。よって最も重視することは“空腹感”であり、更に言うなら子どもが空腹であることも忘れて何かに熱中していることこそが大切なのだと思います。すると興味のあることに対し向かっていくことと、それにより空腹に耐えることがバランスをとり出し、人間本来の成長のスイッチが遺伝子レベルで入ることが最新の研究でも明らかになりつつあります。食育により生きる意欲が育つことにつながっていくのです。また、その子の苦手なもの、食べにくいものを食卓に出すということも、生きる意欲が育ちますし、しっかり口を使うことで口腔や体幹までもが育成される大切なポイントです。
次に食育と新奇性に関しては、なるべく季節の素材を用いること、手の込んだ料理は必要なく、切り方を変えるとか、食材の組み合わせを変えるとかで十分です。また食卓の原則として“囲む”ということが重要であり、横並びで親子が食べるのは好ましくありません。目の前に親がいて、会話をし、表情を見て、茶碗の持ち方や箸の使い方を真似ていくのです。これがミラーニューロンの発達を促します。食卓に置かれている醤油の瓶をとるなどして共同注視という作業を行い、自分の行動と相手の気持ちや表情とを照らし合わせる感覚が育ちます。食卓での会話の中で子どもたちは自分たちにとって心地良いと思われる大人の考え方を選びとって身につけていきますが、これが健全な自我形成の基礎になります。躾の基礎も食卓からであり、子どもが苦手なものや食べにくいものを食べられた時、美味しそうにご飯を頬張る子どもの顔を見た時の母親の笑顔が子どもの行動規範であり、自分の行動が一線を越えた時の母親の困った表情を見て子どもたちは自分でそれを抑止します。これが「早く食べなさい」などと食卓で怒ってばかりだと、あとはずっと叱りっぱなしになりますね。これらもすべて子どもが空腹であれば状況は変わってくる道理です。
新奇性に関して、大人が作り上げたテーマパークのような空間やゲームなどにおいては、子どもは興奮するものの自らの想像力・創造力を使わないため育成にはほとんど役に立たないと思われます。
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まほろばの地、奈良から子どもたちの幸せな成長を願って ー後編ー
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