今回でこの連載も最終回となります。これまで、からだの構成成分や燃料となる栄養素についてお話ししてきましたが、栄養としてこれらの栄養素を活用するためにも、まずは体に取り込む「消化・吸収」が必要です。そしてその入り口が「口」であることは、歯科職種であればだれしもが知っていることと思います。 口から入った食べ物は食道、胃、十二指腸、小腸(空腸、回腸)、大腸……へと移送されます。消化管を通過しながら、胃、膵臓や肝臓などの臓器で生成された消化液の分泌を受けて段階的に塊→物質→分子へと分解(消化)され、吸収されます。 栄養療法の目的は栄養障害を予防、治療することですが、そのための重要な方法の一つが消化・吸収の障害に応じた適切な方法での必要十分な栄養投与をするというものです。たとえば、手術で食道や胃を広範囲に切除した場合、腸ろうを設置して経腸栄養を行うということや、消化管出血などで消化管の機能が期待できないときに中心静脈カテーテルを挿入して経静脈的に栄養投与を行う、ということがあります。ただ、これら代替的経路による栄養投与にはメリットだけではなく、それぞれの方法の合併症や管理上の問題があります。 長期的に経静脈栄養のみを行った場合、一部の成分(微量元素のセレンなど)の欠乏の恐れや、カテーテル感染症や消化管内の細菌叢の変化や消化管粘膜の脆弱化により、消化管粘膜を介した細菌感染(バアクテリアルトランスロケーション)が問題となります。経腸栄養では、たとえば胃瘻ろうの場合、その周囲の皮膚の感染や栄養剤に関連した下痢などが問題となります。そして代替的な方法を行うことで他の健全な機能が低下すること……嚥下機能障害など……に注意を払う必要もあります。投与経路の選択をするうえでの大原則は生理的な経路、つまり口から始まる消化管をなるべく活用することです。 ところで、病気からの回復には治療前の栄養状態が影響することがわかっています。病気になってからの栄養療法だけでなく、病に負けない強いからだをつくるために日頃から栄養に意識を向けることが重要です。 そして、そのためには消化の入り口として、咀嚼や嚥下といった機能が健全に維持された口腔環境が必要です。事実、咬合力や咀嚼機能と栄養摂取や運動機能との関連を示した研究報告もあります。つまり、私たち歯科での診療は、病気になる前からの、あるいは健やかな老いへの備えとして大きく貢献しているはずなのです(了)。 歯科にとって当たり前の治療が健やかな生活を支えます。 自施設の啓発活動時のコンセプトです。他職種や患者さんにもこのことをもっと知ってもらいたいと思っています。
著者光永幸代
神奈川県立がんセンター 歯科口腔外科 医長
略歴
- 2004年3月、東京医科歯科大学歯学部卒業。
- 東京医科歯科大学歯学部顎顔面外科教室ならびに
- 横浜市立大学顎顔面口腔制御学教室での口腔外科の修練ののち、
- 2014年4月より現職。
- 日本口腔外科学会
- 日本口腔腫瘍学会
- 日本がん口腔支持療法学会
- 日本静脈経腸栄養学会など。
運動とおいしいものを食べることが好きで、患者さんの食べることのお手伝いができる今の仕事に就いていることに喜びとやりがいを感じている。