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むし歯の少ない町の歯科医師の日常
シーズン2:地球の悲鳴 Ⅲ

2021/9/10 デンタル〇〇デザイン

「大雨特別警報」や「線状降水帯」は、もう耳に馴染んだ言葉だ。8月上旬の猛暑の後、中旬から下旬には真夏だというのに異例の長雨となった。本州付近に前線が停滞し、九州北部や中国地方などでは、8月の総雨量が平年の3倍から5倍で記録的に雨が多い月だった。

近年、毎年日本のどこかで「数十年に一度」や「観測史上初」と表現される大雨が発生し、報道される現地の様子や被害状況を見ると心が痛む。この大災害をみても、地球温暖化、異常気象が原因とあきらめ気味に、そして他人事のように片づけてしまっている人が多いように思えることが残念である。

どんなに長雨が続いても、私の早朝の日課になっている父母ヶ浜でのごみ拾いと写真撮影が途切れることはない。父母ヶ浜の正面に立つと西方向を向くことになり、いつもより九州地方から流れてくる雲の変化を気にしながら、波際まで歩くことになった。左手に特大のゴミ袋を、右手にごみ拾い用火バサミを持ち、ゴミを一個一個拾い集め、時折ポケットからスマホを取り出し、シャッター音で風景を切り取る。

父母ヶ浜は、マスコミがインスタ映えのする美しい写真が撮れる日本の「ウユニ塩湖」として紹介したことで、新型コロナウイルス感染拡大中の今でも多くの観光客が押し寄せている。私はゴミを拾い上げながら、この浜の美しさをアピールするのも結構だが、この浜に押し寄せる海洋ゴミのことを取り上げ、実態を紹介するマスコミはないものだろうかといつも考えてしまう。マスコミが頻繁に取り上げる月に一度のボランティア清掃活動だけでは拾いきれない大量の海洋ゴミが、毎日、毎日流れ着くのだ。

とりわけ波や風の強かった翌日は、潮が引くと海藻とゴミの長い帯ができあがっている。だれかが夜の間に浜に忍び込んで、ペットボトルや空き缶を並べたのだと言われても納得するような光景さえ珍しくない。さまざまな容器、ポリ袋、掛け布団、衣装ケース、タイヤ、バッテリー、文具用品、マスク、紙おむつ、調味料、酒類、玩具、DVDなど、生活必需品はなんでも揃う。ちなみに歯科領域なら、歯磨剤、歯ブラシ、歯間ブラシ、デンタルフロス、洗口液などは当然である。

ある朝、砂浜に湿布薬が張り付いているのを見つけて思わず爆笑したが、処方薬のパッケージはもちろん、薬が残ったままのもある。あまりに薬の種類が多いので、試しに写真を撮って薬剤師の姉にメールで送ると、服用病名がつぎつぎと返されてきて、なんとも不思議なやりとりになった。

2015年9月の国連サミットでは、かけがえのないこの地球で人類が暮らし続けていくために「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標):SDGs(エスディージーズ)」が採択され、国連加盟193か国が2016年から2030年の15年間で達成する目標となっている。その17の目標の14番目には「海の豊かさを守ろう 持続可能な開発のために海洋・海洋資源を保全し、持続可能な形で利用する」がある。ところが残念ながら、私が毎日目にしている漂着ゴミを見る限り、「このままでは、魚などの海洋資源量より海洋ゴミ量の方が多くなる」という言葉の方が真実味を帯びている。海洋ゴミの実態について考える人はどれほどいるだろう。少なくとも観光客にその素振りを見たことがない。

8月末、海藻に絡まったゴミを拾い上げながら浜を歩いていると、少し前方に大きな生物の死骸があるのに気づいた。近づいてみるとどうやらスナメリの幼体らしい。しゃがみこんで「このスナメリに何があったのだろう」としばらく眺めていた。スナメリは、瀬戸内海における食物連鎖の頂点で、環境物質を体内にためやすく、環境のシンボルといわれている。1970年代には瀬戸内海に約5,000頭は生息していたが、海の汚染や船舶による事故、スナメリの好む浅海域の減少が原因で、現在では生息数がかなり少なくなっている。

思案の末、スナメリに蓄積する環境汚染物質について研究している大学の研究室に連絡したが、新型コロナウイルス感染拡大のため、県境をまたぐ移動は禁止されているとのことだった。

翌日早朝、いつもの時間に浜に到着すると、真っ先に死骸のあった場所に足を運んだ。砂のわずかな窪みがスナメリの形にも見え、新たに流れ着いたゴミが重なりながらそれを取り囲んでいると、海洋ゴミの中を泳ぐスナメリの姿が浮かんでくる。繰り返す少し荒い波の音の中に、スナメリの、海の、地球の悲鳴※1、2が聞こえるように思えた。


※1「地球の悲鳴」は『季節の中の診療室 瀬戸内海に面したむし歯の少ない町の歯科医師の日常』(クインテッセンス出版)に掲載。
※2「地球の悲鳴Ⅱ」は「むし歯の少ない歯科医師の日常」に掲載。