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海外の一般家庭では齲蝕原生菌の母子感染はどのくらい知られている?

海外の一般家庭では齲蝕原生菌の母子感染はどのくらい知られている?
海外の一般家庭では齲蝕原生菌の母子感染はどのくらい知られている?

齲蝕原生菌の代表格であるミュータンスレンサ球菌群(MS)が、乳幼児の頃に主に母親から伝染することは、よく調べられています。
ところがその事実に神経質になり過ぎて、清潔好きな日本では、それだけが齲蝕の原因になっているような誤解を与えているかもしれません。
では、海外の患者さんたちはどのくらい唾液を通じた齲蝕原生菌の母子感染について知っているのでしょうか?

この臨床疑問に答えるために、PubMed や、Perplexityを使って調べてみました(検索ワードなどは下記に述べます)。

その結果、フィンランド、インド、ブラジルの調査結果が得られました。

フィンランド
Virtanen ら(2015)は、3歳未満の子どもを持つ313人の母親にアンケート調査をしました。ちなみにフィンランドでは、乳幼児期から公立歯科医院でのメインテナンスを行っていて、そこでMS母子感染について教育されています。
しかし、11%の回答者が齲蝕原生菌の母子感染を信じていませんでした。
赤ちゃんとスプーンの共有をしているのは14%で、赤ちゃんの唇にキスをする習慣がある母親は38%でした。
おしゃぶりを母親が舐めて洗う人はほぼゼロで、4%でした。

インド
Chacko ら(2013)の調査では、妊娠中の女性175人にアンケートを行い、そのうち、齲蝕原生菌の母子感染について知っていたのは、低学歴グループの母親で12.2%、高学歴グループの母親で23.4%でした。
もっと最近で、場所は明記していませんが著者らの所属からインドだと推察される Singh ら(2021)の研究で、1歳未満の赤ちゃんを持つ母親200人への調査で、29.5%しか齲蝕原生菌の母子感染について知りませんでした。
この研究ではビデオ教材による患者教育効果を調べていて、このビデオ教材を見せた後では、87.5%が齲蝕原生菌の母子感染について正解を示しました。

ブラジル
Sakai ら(2007)の調査では、これも場所は明記していませんが著者らの所属からブラジルだと推察され、640人の親と保育者を被験者にしていました。
齲蝕原生菌が伝染することについえ、58.7%が知っていました。
58.6%は熱い食べ物を吹いて冷ます、または食器を子どもと共用していました。
36.4%が子どもの口にキスをすると答えていました。


以上、フィンランド > ブラジル > インドの順で齲蝕原生菌の母子感染について一般的に知られていて、その幅は約90%~10%と開きがありました。
興味深かったのは、フィンランドの公立歯科医院で患者教育をしていても、11%はその事実を信じないという数字と、インドの介入研究でビデオ教材による患者教育をした後にも約13%が正答ではなかったという数字が近かったことです。
そのくらいの割合で、もしかしたら、たとえ歯科医療従事者でも齲蝕原生菌の母子感染を信じないという人がいるのかもしれません。

一方、齲蝕原生菌の母子感染を知っていても、子どもと食器を共有したり、唇にキスをする人もある程度いることもわかりました。
そういう人たちにどのくらい厳格に教育すべきでしょうか?
齲蝕は多因子性疾患なので、母親からMSをもらったとしても、他の因子で挽回して予防することはできますので、厳しくライフスタイルを矯正する必要はないでしょう。
しかし、乳歯が生え始めてから乳歯列が揃って、口腔細菌叢が確立するまでの間に、食器の共用や唇へのキスを避けるだけで、その子の一生の齲蝕のなりやすさに影響があるということは、知識として伝えてほしいです。
そのバランスをどこにおけばいいのか、カリエスリスク評価モデルであるカリオグラムがわかりやすく示してくれているので、ぜひ、参考にしてください。
また、乳幼児の周囲の大人の方がカリエスフリー、ペリオフリーの健康的な口腔内を維持していれば良いことなので、そちらの方を力説したいものです。

と、ここまではカリオロジー的見地ですが、全身の健康に視点を広げると、免疫力の弱い乳幼児に大人から唾液を介して病原性のある微生物を伝染しないように気をつけることは当然のことながら大切です。
その意味で、歯科医療従事者も患者教育を行うべきでしょう。
特に、症状がある大人は乳幼児に自分の唾液を与えないように!



検索ワードまたは質問文

PubMed
((((("mutans streptococci") OR ("streptococcus mutans")) AND (dental caries)) AND (mother child)) AND (transmission)) AND (knowledge) 

Perplexity
“Do people know about mother-to-child transmission of the Mutans Streptococci?” 



参考文献

Singh R, Patil SS, K M, Thakur R, Nimbeni SB, Nayak M, B M, More S, Shah M.
Evaluation of the Effectiveness of Video-based Intervention on the Knowledge of
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Sakai, V.T., Oliveira, T.M., Silva, T.C., Moretti, A.B.S., Geller-Palti, D., Biella, V.A. and Machado, M.A.A., 2008. Knowledge and attitude of parents or caretakers regarding transmissibility of caries disease. Journal of Applied Oral Science, 16, pp.150-154.

Chacko, V., Shenoy, R., Prasy, H.E. and Agarwal, S., 2013. Self-reported awareness of oral health and infant oral health among pregnant women in Mangalore, India-A prenatal survey. International Journal of Health and Rehabilitation Sciences, 2(2), pp.109-115.

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https://www.michigan.gov/-/media/Project/Websites/mdhhs/Assistance-Programs/WIC-Media/Infant_Nutrition_Module_Revised__08_20_21.pdf?rev=772408dc8a0246efad0840db9a808c39

Köhler B, Lundberg AB, Birkhed D, Papapanou PN. Longitudinal study of intrafamilial mutans streptococci ribotypes. Eur J Oral Sci. 2003 Oct;111(5):383-9. doi: 10.1034/j.1600-0722.2003.00068.x. PMID: 12974680.



本記事は、2023年3月12日の「日曜のフィーカ」 の内容に基づいています。

著者西 真紀子

NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長・歯科医師
㈱モリタ アドバイザー

略歴
  • 1996年 大阪大学歯学部卒業
  •     大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
  • 2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
  • 2001年 山形県酒田市日吉歯科診療所勤務
  • 2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修了 Master of Dental Public Health 取得
  • 2018年 同大学院修了 PhD 取得

西 真紀子

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