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残存歯数を比較することについての疑問点

残存歯数を比較することについての疑問点
残存歯数を比較することについての疑問点
何事も基準をきちんと決めなければ議論は空論になると思い知らされるのが、残存歯数の国際比較や経時的比較です。例えば、日本の2022年歯科疾患実態調査 とスウェーデンの2022年のÅRSRAPPORT 2022 Svenskt kvalitetsregister för Karies och Parodontit  (SKaPa : 国民のほとんどを網羅している公立歯科サービスの電子カルテデータを毎年まとめたもの)の80歳以上の残存歯数を見比べてみましょう。日本の方は80~84 歳は平均15.6本、85歳以上が14.0本でした。一方、スウェーデンの方は80歳以上で平均約22本でした。

スウェーデンの方がだいたい7本くらい残存歯数が多いのですが、実は、日本の残存歯数の中にはプラプラのホープレス歯が結構な数含まれている可能性が拭えないのです。つまり、実質的な残存歯数の数はもっと少ないのではないかと予想しています。

「令和4年 歯科疾患実態調査必携(案)」 という書類がネット上で入手できるので、診査基準を見てみると、「現在歯とは、歯の全部または一部が口腔に現れているものをいう。」とのこと。動揺度がIII度でも、残根でも、歯肉の中にあれば現在歯とカウントされるようです。診査方法でX線診が含まれていないことは明らかなので、歯槽骨吸収や根尖病巣がどの程度かはわかりません。

一方、SKaPaは歯科医院での処置にあたって電子カルテに登録された内容によるものなので、残存歯の診査基準はX線診を含めたより詳細なものであることが想像できます。仮に歯科疾患実態調査と同様、状態を問わずに存在していれば数えるという基準だったとしても、スウェーデンを含めて海外での抜歯基準は日本のものより厳しい、つまり抜歯する傾向にあるというのが、様々な人の声にあるようです。

それを如実に示す一経験ですが、ある日本人患者で初診時の残存歯数が18本の高齢者について、スウェーデンの歯科医師に口腔内写真とX線写真を見てもらい、その時点でどの歯が抜歯適応なのかを聞いてみたところ、担当の日本人歯科医師(口腔内写真とX線写真の他に実際の口腔内を検査している)の診断と大きな開きがありました。日本人歯科医師は6本の抜歯をしましたが、スウェーデン歯科医師は9本抜歯すべきだと答えました。日本人歯科医師が抜歯と答えた歯の6本すべてスウェーデン歯科医師も抜歯と答え、残り3本について意見が分かれました。たった1人ずつの代表値なのではっきりとしたことは言えませんが、両国で抜歯基準が大きく違う可能性があるということがわかります。

さらに、歯科疾患実態調査内であっても、ある年と他の年の残存歯数を比較して、口腔保健が向上している、悪化しているというのも怪しいです。よく耳にするのが「8020運動」が開始されてから日本国民の残存歯数が如実に増えたということで(図)、その結果の一部はホープレス歯で上乗せされているかもしれません。もしも「8020運動」について知った80歳で20本の残存歯数を持つ患者さんが、自分はどうしても「8020」を達成したいと強く願い、その20本のうちの5本はホープレス歯の場合、どうでしょうか。歯科医師側も患者さんの意向を考慮して抜歯を控える可能性があります。「8020運動」前は患者さん側にも歯科医師側にもそのような動機は生まれなかったため、「8020運動」の浸透に伴って残存歯数の違いに幾分影響を及ぼしている可能性があります。

<図>1975年から2016年の20本以上歯を有する者の割合(%)
歯科疾患実態調査より推定


そこで、国民や自院の患者さんの口腔保健をモニタリングするために、残存歯数を数える前に抜歯基準を定めて、その基準に沿わない歯は残存歯数に入れないことを提案したいです。以下のような状態の歯は、患者さんの全身健康のために残すべきではないと言われていますので(Samet & Jotkowitz 2009)、一案として、こういう歯は残存歯数から除外する基準を定めるとよいのではないでしょうか。

•<歯周組織> 歯を支持する骨が30%未満まで吸収されていて、歯周病の急発を起こすことなくクリーニングしたり維持できない。
•<残存歯質> 歯肉縁上に歯冠部分がない。歯根部の象牙質や根管まで歯質が失われている。
•<歯内の状態> 水平性の根破折がある、または歯内療法や外科術を繰り返し行っても解決できない。
•<咬合平面と歯の位置> 咬合平面から外れて挺出や傾斜が酷いが矯正できない状態、またはその歯列弓の修復や対合歯列弓の修復に弊害がある。

Samet N, Jotkowitz A. Classification and prognosis evaluation of individual teeth--a comprehensive approach. Quintessence Int. 2009 May;40(5):377-87.

表紙の写真はÅRSRAPPORT 2022 Svenskt kvalitetsregister för Karies och Parodontit  よりスウェーデンの80歳以上の残存歯数の年次推移を表したグラフ

著者西 真紀子

NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長・歯科医師
㈱モリタ アドバイザー

略歴
  • 1996年 大阪大学歯学部卒業
  •     大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
  • 2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
  • 2001年 山形県酒田市日吉歯科診療所勤務
  • 2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修了 Master of Dental Public Health 取得
  • 2018年 同大学院修了 PhD 取得

西 真紀子

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