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コラム

「看護師と対等に話せる歯科衛生士を育てたい」 それが今も昔も変わらない私の理想 Part1

「看護師と対等に話せる歯科衛生士を育てたい」 それが今も昔も変わらない私の理想 Part1
「看護師と対等に話せる歯科衛生士を育てたい」 それが今も昔も変わらない私の理想 Part1
歯科衛生士、看護師、保健師という3つの資格を持ち、現在は歯科衛生士を目指す学生教育に携わる尾形祐己先生。歯科衛生士と看護師、歯科と医科の2つの視点を持つからこそ見えてきた気づきや多職種連携のポイント、さらには歯科衛生士の地位や立場の向上を目指すための取り組みについて、熱く語っていただきました。
京都光華女子大学短期大学部
歯科衛生学科
助教 尾形 祐己 先生

<尾形 祐己(おがた ゆうき)先生プロフィール>
2006年4月〜2010年3月  東京医科歯科大学(現東京科学大学)
              歯学部口腔保健学科(第3期生)
2010年4月〜2011年3月   江原歯科医院勤務(大阪市) 
2011年4月〜2014年3月   大阪市立大学医学部看護学科(編入)
2014年4月〜2014年7月   東京医科歯科大学医学部附属病院看護部 小児病棟 看護師 
2014年7月〜2018年3月   大阪急性期・総合医療センター看護部 小児病棟 看護師
2018年4月〜2020年3月   大阪歯科大学大学院 医療保健学研究科
2018年4月〜2020年9月   大阪歯科大学医療保健学部 口腔保健学科 助手
2020年10月〜2024年3月 大阪歯科大学医療保健学部 口腔保健学科 助教
2024年4月〜            京都光華女子大学短期大学部 歯科衛生学科 助教

歯科衛生士は男性にも多くの活躍の場がある職種です!


- 歯科衛生士を目指されたきっかけを教えてください
もともと私は文系で、人のためになる仕事がしたいと考えていました。そんなとき、高校の先生から、医師や歯科医師は理系でないと受験は難しいけど、他の医療系の仕事なら文系でも可能だと聞き、「それなら自分にもできることがあるかもしれない」と思ったことがきっかけです。そこで、たまたま読んでいた受験雑誌に東京医科歯科大学(現東京科学大学)歯学部に口腔保健学科が新設されたという情報が載っていて、大阪を出て東京に行ってみたいという憧れもあって、迷わず進学を決めました。

-ということは“歯科衛生士になりたかった”というわけではなかったと?
正直に言うと、そうですね(笑)。子どもの頃からフッ化物塗布のために歯科医院には定期的に通っていてう蝕がなかったからか、歯科医院に悪いイメージはなかったですし、歯科衛生士はそんな歯科医院で働いている人、という認識で、実際の業務内容はそれほど詳しくは知りませんでした。 ですから、大学の入学式に参加して、クラスの名簿を見たときは本当に驚きました。黒字で記されている男性が私一人でしたから…。母親には「男子校出身のあなたが、女性の世界でやっていくなんてとても無理!」と言われましたが、せっかく掴んだチャンスですので放棄するのはもったいない。よく見れば、看護や検査技術など、他の学科には男性もいるし、一つ上の2期生にも男性の先輩がいたので大丈夫だろうと思って、母親を納得させました。 実際に入学してしまえば、学ぶことにおいて男女の違いを意識することはありませんでした。ただ、男性の先輩と一緒にオープンキャンパスの手伝いをするなど、「男性でも歯科衛生士になれるんです」というアピール活動は意識的に行っていて、私の2年後輩の5期生からは少しずつ男性の入学者も増えてきました。それでも数は少ないから、学年に関係なくみんなと仲良くなれたし、今でも付き合いはありますよ。

- 大学卒業後は地元大阪に戻って、一般の歯科医院に就職されました。そのクリニックではどんな働き方をされていたのですか?
大学を卒業して大阪に戻ったのは、祖父の介護が理由です。長男だったこともあって、家族をサポートしなければならなかったので…。大学での学びを通して、歯科衛生士はライフスタイルに合わせた働き方ができることは理解していましたから、それを自分でも体現しようと思ったということもあります。 大阪市内の歯科医院を選んだのは、祖父が人工透析に通っていた病院に近かったからです。その医院では一般的な歯科衛生士として勤務しました。最初は、患者さんに「女性の歯科衛生士の方がいい」と言われるかな…、と心配もしましたが、真摯に対応していれば患者さんは何も言わずに付いてきてくださったし、結局、大切なのは「人となり」。歯科衛生士は女性の仕事だと思われがちですが、介助が必要な患者さんがいらしたときなど、男性の力が役に立つこともありますし、男性でも活躍できる場はあるということを身をもって感じました。歯科医師と間違われることも多かったのですが、そんなときこそ、「男性の歯科衛生士もいるんですよ!」と、ここでもアピールを忘れませんでした。 そこは長く続く歯科医院だったので、親、子、孫の三世代で来てくださっている患者さんもいましたし、そうした方々の診療にチームで携わることがとても楽しかったですね。まだ若くて技術も未熟でしたが、いろいろなことを話して患者さんの心を掴むように心がけていました。


- その後、看護師を目指して大学の看護学科に編入されましたが、なぜ看護師に?
東京医科歯科大学時代に遡るのですが、当時、同大学病院の小児病棟で看護助手としてアルバイトをしていたんです。大学病院なので命に関わる病気の子どももたくさん入院していたのですが、看護師たちは忙しいこともあって、なかなか口の中までケアが行き届きません。食事の介助一つにしても、同じ敷地にある歯科では「口のサイズに合わせた食器を選ぶことの重要性」などについて学んでいるのに、医科で実現できていることは少なく、衝撃を受けました。
そんなとき、ボランティアで来ていた歯科衛生士の恩師が、口腔内の状態がとても悪かったある子どもの口腔ケアをしたんです。すると、状態がたちまち改善していきました。もちろん、複合的な理由もあったとは思いますが、見る見るうちに回復していく様子を見て、「歯科衛生士の仕事ってすごい!」とあらためて実感して…。だったら、そうした口腔ケアを看護師が行えば良いと思われるかもしれませんが、当時は、看護師の中で歯科への関心がまだ薄かった時代で、看護学部には歯科の授業もほとんどありませんでした。「看護師はなぜ口腔ケアをしてくれないの?」と批判するのは簡単ですが、それは健全ではないですよね。こうした方が良いと思うことを伝えたり、「なぜできていないのか、どうすればできるようになるのか」を相手と話し合うためには、相手を知ることが必要だと思い、「いつか看護学校へ行って勉強しよう」とそのとき決めたんです。 祖父の介護をしているときに出会った人工透析や訪問の看護師たちの仕事ぶりも刺激になりました。バイタルを測定するのも手慣れていますし、アセスメントをして今日はこうしようと考えて動いている姿を見ると、「歯科衛生士ではなかなかこうはできないな」とも感じました。それで、やはり全身のことを勉強する必要があると思い、大阪市立大学の医学部看護学科の2年次に編入しました。看護師の資格を取得した後、保健師の資格も併せて取得しました。

ベースはあくまで歯科衛生士 看護師として働く中で口腔ケアの大切さを伝える活動に従事

- 歯科衛生士として働きながら看護学科で学ぶ、その中で分かったことや気づいたことはありますか?
看護は保清を大切にしていて、口腔ケアは患者さんの身体を清潔にする業務の一つと捉えられています。けれども、歯科衛生士は、う蝕や歯周病を予防するためにケアを行ったり、歯磨きの大切さを訴えたりしている。もともとの考え方のスタートが違うということが分かりました。
病棟を回っていると、コップの中に入っている歯ブラシが毛先を下にして無造作に置かれていたり、食事介助の方法や嚥下のさせ方など、気になることはありました。けれども、お互いの立場を理解し、状況を把握した上で伝え合うべきだと思っていたので、看護師の資格を取得して対等に話ができるまでは特に何かを伝えるということはありませんでした。

- 看護師の資格を取得し、一般病院で看護師として働くようになって気づいたことや、やりがいを感じたことがあれば教えてください
東京医科歯科大学医学部附属病院と大阪急性期・総合医療センターの小児病棟で勤務したのですが、まず、保護者の付き添いがない場合、夕食後に歯磨きをしようと子どもに働きかける人がいないということに気づきました。看護師も、子どもたち全員が歯磨きするところを見ているわけにもいかず、かといって一人でさせるわけにもいかない。なので、子どもたちを一か所に集め、歯磨きする時間を設けるようにしました。同僚の看護師たちには、臼歯部の磨き方や、口を大きく開けると逆に臼歯部が磨きにくくなることなど、学生時代に使った顎模型を使って、歯磨きのポイントを伝えました。子どもたちの口の中を見てう蝕になりかけていることが分かれば、病棟の医師に伝えて院内の歯科への紹介状を書いてもらい、受診を促したこともあります。
小児病棟で手術を受ける子どもたちは、感染症予防のため、手術の前に口の中をきれいにしておかなければならないのですが、口腔ケアの重要性やその方法を伝えるパンフレットを作成したり、それを保護者に渡して指導を行ったこともあります。歯磨きを徹底させることで子どもが風邪を引きにくくなったという実感もあったので、看護計画を立てる際にも必ず歯磨きを加えていました。
また、入院中の子どもたちは、ゲーム三昧になったり、好きな時間にお菓子を食べるなどして、生活の質が落ちてしまうことがよくあります。甘いお菓子だけでなく、てんかんの薬なども粘度の高い甘いシロップに溶かされているので、薬を服用した後は丁寧に歯磨きしたほうが良いのですが、発作が起こっていたりすると難しく、そのままにしてしまうことがほとんどです。普通の薬であっても、一見水に見えるジュースで服用させている保護者も多いので、そのまま寝かせてしまわないよう「何かを食べたり飲んだりしたあとは歯を磨きましょう」と繰り返し伝え、生活の質をできるだけ維持し、カリエスリスクを下げることに努めてきました。できていないことを指摘するだけではなく、それを実践するためにどうすればいいか、考えながら現場で実行していけたのはとても貴重な経験でした。 子どもの口臭から虐待を見つけたこともありました。それは代理ミュンヒハウゼン症候群を患った保護者による虐待だったのですが、子どもに食事をさせた後、薬を服用させ、嘔吐させていたのです。拒食症を患うと口の中の状態が悪くなるなど、口には生活の影響が出るので、口腔内をチェックすることがいかに大切かということも周囲のメンバーに伝えられたと思います。
退院後の子どもたちが定期的に歯科医院に通うとは限りませんから、保護者だけでなく、子どもたち自身にも口の中のこと、口腔ケアの大切さを伝えることは常に意識していました。ですから、経過観察などの際にきちんと歯磨きしていることが分かったり、「かかりつけの歯科医院を作って歯科医院に通うようになりました」と報告してくれるとうれしかったですね。


看護師として小児病棟で勤務していた頃の尾形先生。

- 歯科衛生士としての知識や視点を生かして働くことに大きな意味があったということですね
少なくとも「口腔内のことは尾形に聞こう」となっていたと思いますし、その面では周囲からも頼られていたと思います。ですから、看護師として働いているときも、歯科の学会や講習会には参加していましたし、専門誌を読んで情報収集にも励んでいました。自分のベースはあくまで歯科衛生士にあって、その上で看護師としても働いているというスタンスでしたね。

- そのまま看護師として働き続けることは考えなかったのでしょうか?
看護師は認定看護師や専門看護師など、キャリアの仕組みがきちんと整っていて、その点、歯科はまだまだこれからという段階でしたので、キャリアのことを考えるとその時点では看護師として働くほうが良いと思いました。夜勤に入れば収入も増えますし…。 ただ、病気にならないと病院へは行きませんから、看護師は病気になった子どもを待つことしかできません。しかし、歯科衛生士は現状を改善するだけでなく、良い状態を維持することもできるし、0歳の赤ちゃんから100歳のお年寄りまで、全員をカバーできます。すべての人にアプローチできるのも、予防に関わることができるのも、歯科衛生士だけなんです。私はそれこそが歯科衛生士のいちばんの魅力だと思っていて、その点は学生たちにも伝えています。夜勤ができないから歯科衛生士を選んだという学生もいますが、「歯科衛生士も良い仕事なんだよ」ということは、これからもどんどん伝えていきたいですね。

多職種連携のポイントは、相手を知ること

- 医科と歯科の視点を持つからこそ見えてきた気づきや多職種連携のポイント、それをもとにした実際の取り組みについて教えてください
大きい病院であればあるほど、医師や看護師、薬剤師なども交えてチームで治療に当たります。そんなチームの中でさえ、口のことは意外と見逃されがちで、チームに歯科衛生士がいないということもよくあります。ですから、他職種の皆さんにはもっと歯科の知識を身につけてほしいし、そういうチームにもっと歯科衛生士が入っていけたらと思っています。ただ、歯科衛生士と言えど、身体の知識がある程度なければチームの中で仕事をすることはできません。ですから、私の授業では全身疾患の幅広い知識に加え、検査数値の見方や人工呼吸器をつけた患者さんのケアの方法なども伝えるようにしています。人工呼吸器の使い方は、看護学会で豚の肺を使ったデモがあったので、その様子を動画に撮って学生に見せ、人工呼吸器の仕組みまで教えています。高齢化が進み、今後は一般の歯科医院でもさまざまな疾患を抱えた患者さんを受け入れることが増えるでしょう。すべての歯科衛生士に医科の知識を持ってほしいと思います。
多職種連携のいちばんのポイントは、相手を知ること。病院であれば医師や看護師、薬剤師、理学療法士、作業療法士、栄養士など、歯科医院であれば歯科医師や歯科衛生士、歯科技工士や歯科助手など、連携する人たちの仕事の内容や役割などをきちんと把握することが、スムーズなチーム医療につながると考えています。

- その後、大阪歯科大学大学院に入られましたが、その経緯を教えてください
どんなに良いことでも、ただ「やりましょう」と伝えるだけでは不十分です。やるべきことを伝え、その必要性を相手が理解していても、忙しくてできないこともあるからです。ですから、歯科衛生士自身がもっと力をつけること、そして、力をつけた歯科衛生士が活躍できる環境を整えることが重要で、そのためにはまず自分自身が学ぼうと思い、大学院進学を決めました。最初は看護師として働きながら大学院に行こうと思っていたのですが、ちょうど大阪歯科大学が歯科衛生士の4年制教育を開始したタイミングで、助手として教えることにも携わらないかという依頼があり、勤務先の病院の看護師長とも相談し、受けることにしたのです。
もともと人のためになる仕事がしたかったので、今度は学生のためになる仕事をしようと思ったことも理由の一つです。どんなに素晴らしい理想を持って働いたとしても、一人でできることには限りがあります。けれども、同じ理想を持って働いてくれる人を育てれば、より多くの患者さんの役に立つことができる。それが患者さんにとってのメリットだと考えたんです。

-助手として、どんなことを担当されていたのですか?
助手は授業を持つことはできないのですが、実習のサポートをしたり、技術指導を行うことはできたので、そうしたことに取り組んでいました。病院への就職を希望する学生に病院のことを教えたり、履歴書の添削をしたりといったキャリア支援も行っていました。

看護師と対等に話せる歯科衛生士を育てたい

-指導される際に、大切にしていたことや意識されていたことはありますか?
看護師として学んできたことを伝え、病院に就職しても困らないレベルの知識を身につけてもらうこと。どこで働くにしても、歯科衛生士として大切なのは、「患者さんのために何ができるか」を考えることです。特に高齢の患者さんは、いろいろな疾患を抱え、薬を服用しながら地域で生活しているわけですから、これからは歯科以外の知識が問われる場面も増えていくことでしょう。そうしたことに対応できる歯科衛生士を育てることが自分の役割だと思っていました。「看護師と対等に話せる歯科衛生士を育てたい」というのが、今も昔も変わらない私の理想ですね。

-大学院ではどんなテーマを研究されていたのですか?
口腔外科や歯科がない病院で働く歯科衛生士を研究対象とし、その人たちがどんなことで困っているのか、そもそもどんな役割なのかを詳しく調査していました。看護助手として働いている人も多かったのですが、歯科衛生士としてできるのは口腔内のチェックくらい。提携する歯科医院から歯科医師が来たタイミングで指示をもらい、スケーリングなどは行っているようでしたが、歯科衛生士としてできることは限られていますし、口腔ケアをサービスの一環と捉えている病院もまだまだ多く、孤軍奮闘している印象でした。 その歯科衛生士たちに「どんなことで困っているの?」と聞くと、ほとんどが「身体や病気の知識など、医科のことが分からない」ということでした。「学生のうちに学んでいればもっとできることがあったと思う」と言う人も多くて、幅広い知識を身につけておくことの重要性をあらためて感じるとともに、これからの教育で変えていけることは必ずあると確信しました。


インタビュイー
尾形祐己(京都光華女子大学短期大学部 歯科衛生学科)

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