2019年末より世界的に蔓延した新型コロナウイルス(COVID-19)の被害は、2020年8月31日時点で感染者数2,500万人以上、死者数80万人以上に到達しています。
特に歯科業界においては、「患者さんの口腔に接し、ソーシャル・ディスタンスを保てないため感染リスクが高まる」という懸念もあり、不安を感じられる患者さん・スタッフも少なくないはずです。
今回はアメリカやフランス、イタリア、スウェーデンなど海外の歯科業界の状況や対策について解説します。
安心・安全な歯科医院の運営を行うために、ぜひ参考にしてみてください。
アメリカの歯科事情
まずは、アメリカの歯科医療業界のコロナの状況について説明します。
国全体では、3月16日にトランプ大統領が国民に移動制限を求めたことを皮切りに、各州の裁量によりロックダウンが実施されました。
歯科業界では、早期から感染防止に対する取り組みが行われてきました。
歯科医師会における対応
アメリカの歯科医師会は、トランプ大統領の発信と同日(3月16日)に「緊急性のない治療を延期するように」との勧告を発表しました。
この勧告を受け、各州の「歯科医療評議会(Dental Board:州ごとに設置される歯科医療における意思決定機関)」は、全体として「最低3週間は緊急性のない治療を延期すること」との方針を固めました。
また、歯科医師会は、コロナにおける対応として以下を同週に配布しました。
・歯科医師向けのガイドライン
・患者さん向けの緊急性の有無、治療を説明したガイドライン
・予約キャンセルを患者さんに伝えるための手紙テンプレート
・コロナ禍の保険手続きなどの暫定ガイドライン
大学病院における対応
アメリカのメリー大学歯学部を例として紹介します。
同大学は、米国医師会の勧告以前から「新規患者の受付をしない」という措置を取っていました。
具体的には、以下のような対策を実施しました。
・緊急症状のないエンド、クラウンプレップなどを始めない
・歯周外科等のオペを中止する
・新規の技工物を外注しない など
患者さんの受け入れは、以下のみを対象に、隣同士の個室使用を禁止して行いました。
・既に通院中の方
・電話による問い合わせで、専門スタッフにより緊急性を認められた方
さらに、来院された患者さんには、以下のような協力をお願いしました。
・エントランスでの検温
・手指のアルコール消毒
・紙マスク着用
・必要のない付き添いのお断り
・待合室などでソーシャル・ディスタンスを保つ など
教育現場における対応
メリー大学歯学部では、3月下旬から授業が再開され、座学についてはオンライン授業が活用されています。
しかし、必修科目である模型実習や臨床実習はやはりオンラインでは難しいようです。
一般的に、アメリカの大学は、毎年9月に新学年が始まります。
歯学部は、基本的に9月〜12月の秋学期と、翌1月〜5月までの春学期で構成されています。
特に歯学部4年生は、卒業間近の3月下旬に臨床実習や歯科医師免許の実技試験を受ける重要な時期です(州によっては、実技試験を課されないことも)が、同大学のあるメリーランド州では、実技試験の中止が決定しました。
5月の卒業式もオンラインにおける対応となったようです。
その他(技工所)における対応
テンポラリークラウンの破損などで、補填物を必要とする患者さんもいます。
アメリカにおいては、コロナの影響で基本的には既存患者さんのみの受け付けとなったため、新しく印象を採得することはありません。
こういった場合、技工所では通常は以下のような従来と異なる対応を行なっています。
・技工物を郵送で受け取る
・マスクやラテックスグローブを着用し、開梱する
・滅菌作業は指定のデスクのみで行う
・外装の箱や緩衝材などは滅菌後にリサイクルもしくは廃棄する
・技工物を歯科医院に郵送する
技工物を受け取った歯科医師は、患者さんに連絡して、治療を実施します。
フランスの歯科事情
フランスでは、アメリカ同様にロックダウンが実施されました。
3月16日、マクロン大統領の要請により、学校閉鎖や一時帰休制度が実施され、翌日には「違反者は罰金」「フランスへの入国禁止」など法的拘束力の強いロックダウンが開始。
その後、5月11日から段階的にロックダウンが解除されていきました。
7月以降は、行政機関や店舗など公共の場で、マスク着用が義務化されています(違反者は罰金)。
コロナ禍中に、⻭科医院を受診した⽇本⼈の患者さんによると、以下のように院内では慎重な対応をしていたとのことです。
・歯科医院内に入る患者さんの数を限定し、診察まで院外で待ってもらいます。
・入場時には、手荷物をすべて鍵付きのロッカーに預けます。
・歯科医師やスタッフは、フェイスガードを着用し、患者さんに極力マスクを着用してもらったまま診察します。
・歯科医院内のトイレは使用禁止。
イタリアの歯科事情
イタリアでは、コンテ首相の求めにより、3月12日以降、生活必需品の販売店や薬局、スーパーマーケット以外の商業店や小売店は休業となりました。
ただし、公共交通機関や金融機関、郵便、医療など、生活に不可欠な施設は運営を継続することに。
非常事態宣言は9月現在も続けられ、7月末には10月15日まで延長することが発表されました。
歯科医院を受診した日本人患者さんによると、フランスと同じく以下のような感染対策が徹底されていたようです。
・歯科医師やスタッフは、医療用防護服に身を包み、フェイスシールドを着用。
・入場時に、不織布のヘッドキャップを着用し、アルコール消毒、問診票への記入を行ってもらいます。
・問診票では、発熱の有無や、陽性者との接触の有無などを記入してもらいます。
・歯科医院内は、患者さん一人ずつの案内となるため、院外で順番待ちをしてもらっています。
・うがい後の消毒液を洗面台ではなく、使い捨てのコップにそのまま吐いてもらいます。
スウェーデンの歯科事情
スウェーデンの歯科医療業界のコロナの影響について説明します。
歯科予防先進国のスウェーデンは、欧米諸国とは一線を画す対策を行っていました。
スウェーデンでは強制力のあるロックダウンを行わず、以下のような禁止事項に止まっています。
・50人以上の集会の自粛要請
・高校や大学の閉鎖
・欧州外からの外国人の入国制限
・高齢者施設の訪問の制限
・70歳以上の外出自粛要請(勧告レベル)
ソーシャル・ディスタンスを取り、高齢者の隔離により感染ピークを抑えて、医療崩壊を防ぐことを目的として上記措置がとられたようです。
この背景には、ロックダウンの長期的効果のエビデンス不足、国民の自主性を尊重する国家体制、政府ではなく公衆衛生庁主体の感染症対策などがあると考えられます。
なお、2020年6月後半には夏季休暇期間となり、国内での移動制限勧告も解除されました。
歯科医師会における対応
スウェーデン歯科医師会は、コロナに限定せず患者さんが感染症に感染している場合における対応は通常と変わらず、「症状・徴候を認めた場合、治療の中止や適切な医療機関へ紹介を行うこと」としています。
各歯科医院における対応
スウェーデンの歯科医院は、主に公立歯科医院とプライベート歯科医院の2種に分けられ、公立歯科医院が多数を占めます。
公立歯科医院では、一部地域で緊急性のある患者さんのみに対応し、他は完全休診としました。
人材を含むリソースの利用を最小限に抑え、必要な患者さんにのみを治療する合理的な対策を取っています。
プライベート歯科医院におけるコロナ対応は、各クリニックの采配によります。
70歳以上の高齢者(2019年時点で約150万人)の80%がプライベート歯科医院に通っており、70歳以上は外出自粛を求められていたため、患者数は激減しました。
しかし、半年以上コロナの影響を受けると、固定費をまかないきれない可能性が高いです。
そのため、スウェーデンのプライベート歯科医師会は、国税庁に部分的な免税を求める嘆願書を提出しました。
教育現場における対応
スウェーデンの歯科大学は、3月から閉鎖され、臨床実習は禁止されました。
座学についてはオンラインを活用しています。
院内の感染症対策で安心安全な環境を
国全体の方針は各国で異なるものの、歯科医院における「緊急性のある患者さんに限定した治療」「医院内での感染防止対策」といった部分では共通しています。
しかしながら、アメリカは感染者数・死亡者数で世界最多、スウェーデンは一時期死亡率で世界上位、フランスは感染者数が急増するなど、感染症対策の最適解の解明には今しばらく時間を要す見込みです。
※両国の歯科医院における感染者・死亡者の高さを示すものではありません。
日本の歯科医院においては、院内の感染症対策に努め、患者さん・スタッフ、双方にとって安心安全な環境を出来る限り整えることが重要といえるでしょう。
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