Dental Life Design

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むし歯の少ない町の歯科医師の日常
シーズン2:「はじまりのはじまり」

2020/11/13 デンタル〇〇デザイン

紅葉の赤に立ち止まった日の朝、ひらがなだけのメールが私のスマホに届いた。送信者が母親だとわかり、「85歳からの初メール……」と思い読みはじめたが、ひらがなだけの文章を理解するのは案外難しい。単語を区切りながら読み返していると、いつも居間で目にしている幼い時の子どもが描いた新幹線の絵が頭の中に浮かんできた。

その日から2、3日も経つとメールに漢字が混じりはじめ、やがてその中に絵文字を一個見つけた時には、思わず笑いがこみ上げてきた。数年前から、携帯の着信音や会話中の低音部分が聞き辛くなったという彼女にとっては、最適なコミュニケーション手段となっていくのだろう。小さな出来事にも必ず「はじまり」がある。

その翌週、新潟県越後平野の西部にある弥彦村に出向くことになった。大阪で前泊し、電車を乗り継ぎ昼時に大阪(伊丹)空港に到着したが、Go To トラベルキャンペーンの効果だろう。空港のビル内の飲食店の前にはあちこち行列ができていた。その時、自分に無意識に人混みを避ける習慣が身についていることに気づかされた。

新潟空港に到着するとシャトルバスで新潟駅まで行き、上越新幹線に乗り燕三条駅で下車し、そこからはタクシーに乗り合わせることになった。車窓から見る田園や山々の姿からは一段と秋の深まりが感じられた。

弥彦村を話題にすると、弥彦山と弥彦神社について教えられることが多い。弥彦神社は「万葉集」にも歌われる古社で、弥彦山は古くから人々の崇敬を集め、山全体が弥彦神社の神域となっている。

しかし私にとっての弥彦村は、日本で最初に「集団的フッ化物洗口」を実施した自治体としてのイメージが強い。大学時代には予防歯科学の講義の中で何度も登場し、歯科医師となった後にも、フッ化物応用やフッ化物洗口をテーマとする講演などでは紹介されることが多い。1970年にこの村ではじまった「集団的フッ化物洗口」が新潟県内に、そして全国へと広がり、現在国内で127万人以上の子どもたちがフッ化物洗口の恩恵に浴されるようになっている。私の診療所のある町では25年前からフッ化物洗口を導入したのだが、それは弥彦村などの実績に基づいたものであり、「はじまりのはじまり」はこの村にある。

その翌週は、診療をしながらアメリカ合衆国大統領選挙の開票結果がずっと気になっていた。トランプ大統領がミシガン州のグランドラピッズ市で、選挙前の最後の集会を開いたことが報道されていた。この地は、人類がむし歯予防のためのフッ化物応用を導入した初めての町だということを思い浮かべた歯科医療従事者は日本にどれくらいいただろう。1945年1月25日、このグランドラピッズ市で「水道水フッ化物濃度適正化(ウォーターフロリデーション)」が開始され、それが米国内、世界中へ、さらには局所応用へと繋がった。グランドラピッズ市がフッ化物応用の発祥の地、「はじまりのはじまり」だということを、診療室でも毎日話題にした。

どうやら次期大統領はバイデン氏になりそうだ。地球温暖化対策の国際ルール「パリ協定」に戻り、環境政策を推し進めるだろう。私は日本の片隅で、昆虫や植物を見ながら「地球の悲鳴」(参照*「地球の悲鳴」:著書『季節の中の診療室にて 瀬戸内海に面したむし歯の少ない小さな町の歯科医師の日常』「地球の悲鳴II」:「むし歯の少ない町の歯科医師の日常 第4回」)を聞き続けている。世界各国が脱炭素にかじをきるなか、先月ようやく菅総理大臣が初めての所信表明演説の中で2050年脱炭素(温室効果ガス排出実質ゼロ)を示した。すでに各国では"脱炭素"の新たな技術革新に向けて、しのぎを削っている。日本の積極的な温暖化対策への取り組みに期待したい。地球を次世代へ繋ぐという大きな課題への「はじまり」、いや「はじまりのはじまり」である。