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齲蝕は食生活の異常を警告している

齲蝕は食生活の異常を警告している
齲蝕は食生活の異常を警告している
齲蝕は多因子性疾患ですが、その中でもフッ化物の利用状況が最も影響力の強い因子だと言われています。1996年に出版されたカリオロジーの専門家に対するアンケート調査で、"What are the main reasons why 20-25-year-old persons have less caries nowadays, compared to 30 years ago?”(30年前に比べて、現在の20~25歳の人たちに齲蝕が少ない主な理由は何でしょうか?)という質問に対し、96%がフッ化物配合歯磨剤が最も重要または重要な理由だと回答しています(Bratthall et al. 1996)。また、1984年から1994年のアイスランド・レイキャビクの12歳児の一人あたり平均DMFTの推移と砂糖の消費量の推移を並べたグラフから、砂糖の消費量を減らさなくても齲蝕は減らせることを示しています(Einarsdottir & Bratthall 1996)。




その理由にはフッ化物配合歯磨剤の普及、メインテナンスの普及、そして診断基準の変化が挙げられます。砂糖は齲蝕減少にほとんど関係していないために、私も2000年にスウェーデンで実際に見て驚きましたが、日本の子どもたちより、予防歯科先進国スウェーデンの子どもたちの方がたくさんおやつを食べていました。

しかし、これで解決として本当に良いのでしょうか。20世紀半ば以降、先進国で齲蝕が爆発的に広まったことは人類史上稀に見る現象でした。その時何が起こったのかというと、これもまた、人類史上稀に見る砂糖の消費量の激増です。決してフッ化物を急激に使わなくなったということではありません。砂糖の消費量は、21世紀になって人類の健康上の大きな問題となりました。

一人あたり年間15kgを上回ると齲蝕が目に見えて増えるということがわかっています(Sheiham 1991)。上述のアイスランドのグラフを見ていただくと、その4倍の一人あたり年間60kgもの砂糖を継続して消費していますね。消化器の入り口としての歯を破壊される疾患(齲蝕)が、全身健康の指標としてもどのくらいの砂糖の摂取量が不適切なのか教えてくれているような気がしてなりません。もしも、歯科がフッ化物の齲蝕予防効果を見つけられず、原因療法として食生活へのアプローチに注力してそれが成功していたら、現在の糖尿病や肥満の流行やその他の健康上の問題も(Lustig et al. 2012) 、予め抑えられていたのではないでしょうか。

フッ化物に頼り切るのではなく、私たちは歯の警告の代弁者として食生活の異常を患者さんに訴えて行くべきだと思います。スウェーデン・マルメ大学カリオロジー講座のダン・エリクソン教授との共著の特集記事(西 & エリクソン 2020)でも以下のように随所にそのメッセージを入れています。

「フッ化物のような緩和療法、修復療法 」「バイオフィルム中の微生物学の構成、唾液、フッ化物の補充、遺伝因子も齲蝕に影響を与えますが、酸産生の源は、食事中の発酵性炭水化物です。 」「これは、通常のフッ化物配合歯磨剤を使用することで、疾患の発症を抑制するものの、全てを止めるわけではないことを示しています。」「しかしながら、フッ化物の利用は、たとえ高濃度であっても、全ての齲蝕を止められるわけではなく、むしろ、この疾患を緩和するものです。」  




また、1970年代の日本の齲蝕洪水時代に市場に出たフッ化ジアンミン銀の開発者である徳島大学の西野瑞穗名誉教授も、当初から原因療法を強調されています。つまり、フッ化ジアンミン銀を乳歯齲蝕に塗布すると黒くなることで、齲蝕病巣の明示・プラーク付着の明示を容易にし、患児と保護者に一番大切な歯磨き・間食摂取習慣を改善することを教育すべきだとおっしゃっています。そして、生活習慣が変わった後に審美性が良くフッ素を徐放するグラスアイオノマーセメントに置換すれば、窩洞形成に麻酔は不必要で、原因を除去した後には齲蝕の再発も免れるとのことです。それにプラスして、患児の食生活が健全化することは、全身の健康にとって大きな貢献になるでしょう。


本記事は、2022年4月10日の「日曜のフィーカ」 の内容に基づいています。

参考文献
Bratthall D, Hänsel-Petersson G, Sundberg H. Reasons for the caries decline: what do the experts believe? Eur J Oral Sci. 1996 Aug;104(4 ( Pt 2)):416-22; discussion 423-5, 430-2. 
Einarsdottir KG, Bratthall D. Restoring oral health. On the rise and fall of dental caries in Iceland. Eur J Oral Sci. 1996 Aug;104(4 ( Pt 2)):459-69.
Sheiham, A. Why free sugars consumption should be below 15 kg per person per year in industrialised countries: the dental evidence. Br Dent J 171, 63–65 (1991)
Lustig RH, Schmidt LA, Brindis CD. Public health: The toxic truth about sugar. Nature. 2012 Feb 1;482(7383):27-9. 
西 真紀子,  ダン・エリクソン「カリエスリスク その評価方法とカリオグラム」歯科衛生士 2020年7月号. Vol.44. 24-38.

著者西 真紀子

NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長・歯科医師
㈱モリタ アドバイザー

略歴
  • 1996年 大阪大学歯学部卒業
  •     大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
  • 2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
  • 2001年 山形県酒田市日吉歯科診療所勤務
  • 2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修了 Master of Dental Public Health 取得
  • 2018年 同大学院修了 PhD 取得

西 真紀子

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